はじめに
「王国を統治するよりも、家庭内を治めることのほうが難しい」。モンテーニュの名言として紹介される言葉です。
『エセー』第1巻「孤独について」には、これに対応する真正な文章があります。ただし、原文の趣旨は「家庭を大切にしよう」でも「家庭のほうが国家より複雑だ」でもありません。
モンテーニュが問題にしているのは、社会的な仕事から離れても、別の仕事へ心を縛りつければ本当の孤独にはならないということです。
「仕事を交換しただけ」
この箇所でモンテーニュは、人はすべての仕事から離れたつもりでも、実際には一つの仕事を別の仕事へ交換しただけということがある、と書きます。
その具体例として、一家を治めることにも一国を治めるのにほとんど劣らない苦労がある、と述べます。家庭が国家より価値が高いという比較ではなく、対象が小さくなっても心を占領する力は小さくならないという話です。
本当の問題は場所ではなく心にある
モンテーニュはさらに、宮廷や市場から離れ、外国へ行き、修道院や荒野へ逃げても、人間の悩みが自動的に消えるわけではないと論じます。
問題は外側の場所だけではありません。野心、欲望、恐れ、迷いを抱えた心そのものを連れて移動するからです。
だから彼にとっての「真の孤独」は、単純に人のいない場所へ移ることではありません。心を自分自身へ呼び戻し、自分の満足が外部だけに依存しない状態を作ることでした。
「自分自身に属する」とつながる
同じ「孤独について」には、「世界で最も偉大なことは、自分自身に属すること」という有名な一節もあります。
家庭、仕事、地位、人間関係を捨てれば自由になる、という単純な思想ではありません。それらを持ちながらも、自分の内側まで完全に明け渡さない。モンテーニュの孤独論の中心はそこにあります。
まとめ
「王国を統治するより家庭を治めるほうが難しい」という流通文には、『エセー』に対応する文章があります。しかし、それを家庭管理の難しさを説く名言として読むと文脈を失います。
外の仕事を捨てても、別の仕事に心を奪われれば何も変わらない。本当に必要なのは、役割を交換することではなく、自分自身へ戻れる場所を心の中に持つことです。
この一節は、モンテーニュの「孤独」が社会から逃げることではなく、外部に自分のすべてを預けないための思想だったことをよく示しています。
原典と出典状態
モンテーニュ『エセー』第1巻「孤独について」には「Il n’y a guère moins de tourment au gouvernement d’une famille que d’un état entier」とあります。「家庭を治める苦労は国家とほとんど変わらない」という趣旨であり、「家庭のほうが難しい」は比較を強めた流通表現です。公職から離れても別の用事に心を占められるという話の一部として解説します。