「私は少しも恐れるところがない。私はこの世界に、何事かをなさんがために生まれてきた」。野口英世名義で流通する決意の言葉です。記念館の館長を務めていた八子弥寿男氏は、この言葉に近い文章を1927年に黄熱病研究のためアフリカへ向かう際に残した手紙として紹介しています。
ただし、その書簡自体の画像・宛先・所蔵番号や原文の表記まで、今回直接確認したわけではありません。記念館長による具体的な伝承と、原書簡の逐語校合は区別します。
流通する「何事かをなさんがために」の出典状況
致知出版社の「『私は何ものも恐れない』客死の前年、野口英世博士が書き残した人生信条」は、月刊『致知』2010年7月号で当時の野口英世記念館長・八子弥寿男氏が紹介した文章の再掲です。同氏は、1927年にアフリカへ向かった野口が手紙で「私は何ものも恐れない」と始まる決意を記したと説明しています。そこには「何事かをなさんが為に生まれてきた」という一節だけでなく、仕事を完結したいという思いも続きます。
この資料により、出典の手掛かりを1927年の手紙、2010年の記念館長による紹介までたどれます。しかし、この掲載記事には当該書簡の画像、宛先、所蔵番号は示されていません。流通する「少しも恐れるところがない」と、紹介文の「何ものも恐れない」の語の違いもあるため、流通文の一字一句が原書簡と一致したとまでは判断しません。
八子氏は同じ記事で、野口が恩師へ宛てた書簡の中で、学問だけでなく人としての修養や慈愛を重んじたことも紹介しています。使命感を表す短い一文だけでなく、仕事への姿勢と周囲の人々への思いにも目を向けたいところです。
確認できる本人の言葉:「志を得ざれば再び此の地を踏まず」
内閣府「野口英世アフリカ賞」生涯年表には、若い野口が上京する際、郷里の家の柱へ「志を得ざれば再び此の地を踏まず」と刻んだと記されています。野口英世記念会の公式年譜も、医師になるための学びから、渡米後の研究、1915年の帰国までの歩みを伝えています。
「志を得ざれば再び此の地を踏まず」は、何を達成するかを自分へ課した、文字として残る具体的な記録です。これに対して「私は世界に何事かをなすため生まれた」は、原典の確かさがまだ判明していません。似た志を表していても、別々の言葉を同じ証拠で認証してはいけません。
実際の進路には、多くの人の支えがあった
内閣府と記念会の年表を読むと、野口は幼い頃の火傷による左手の障害を抱えながら学校で学びました。手の手術には医師や地域の人の支援があり、会陽医院で医術や外国語を学び、東京へ進みます。その後、アメリカでの研究へと道が開かれました。
ここには、個人の意志だけでは説明できない出会いや機会があります。志を持つことは重要でも、それだけで環境が整い、結果が生まれるわけではありません。助けを受けることも、長い道のりの一部だったのです。
世界で研究したことと、成功が保証されていたことは違う
野口はアメリカのロックフェラー医学研究所で研究を進め、科学的な成果を残しました。他方、黄熱病だと考えて進めた研究が後にワイル病だったと判明するなど、科学史として検証すべき限界もあります。野口英世記念会の展示はこの経緯を明記しています。
目的を持つという姿勢を称えることと、本人のあらゆる判断が正しかったと認めることは別です。偉人を読むときは、成果と誤りの両方を確かめる方が、学びが深まります。
「何かを成す」を一つの成功像へ閉じ込めない
名声ある研究者になることや、大きな功績を残すことだけを人生の目標にする必要はありません。家族や友人と暮らす、学ぶ、地域に関わる、誰かを支える、といった営みにも価値があります。「何事かをなすために生まれた」という流通文を、他人へ成果を強制する命令として使わないことが大切です。
これは本サイトによる現在の読者への解釈であり、野口本人がこの価値観の全体を述べたという意味ではありません。
「努力」と「忍耐」の関連記事
同サイトには「努力だ、勉強だ、それが天才だ」、「忍耐は苦い、しかしその実は甘い」もあります。後者はルソーの原文をたどれる一方、野口自身が「忍耐」の書を残したことが確認できます。この記事は「志」の言葉と残存する物的証拠の違いを中心に据えています。
まとめ:本人が残した文字と、後世の格言を分ける
「何事かをなすために生まれてきた」という言葉は、野口英世記念館長によって1927年のアフリカ渡航時の手紙の一節として紹介されています。一方、原書簡の画像や逐語表記は今回未照合です。故郷の柱に刻んだ「志を得ざれば再び此の地を踏まず」は、これとは別に残る記録です。根拠があるところまで遡り、異なる資料を一つの確定した名言にまとめないことが大切です。

資料・関連する記事
・致知出版社「『私は何ものも恐れない』客死の前年、野口英世博士が書き残した人生信条」:2010年の八子弥寿男・野口英世記念館長による手紙の紹介。原書簡は未照合。
・内閣府「野口英世アフリカ賞」生涯年表:故郷の柱の決意と青年期の学び。
・公益財団法人 野口英世記念会「野口英世の生涯」:研究と渡航の年譜。
・野口英世記念会「中南米・アフリカ時代」:黄熱病研究の再評価。
・関連記事:忍耐と野口英世。