北方謙三「青春は何を成し遂げたかではない」|十年間のボツ原稿と『致知』対談

「青春は何を成し遂げたかではない」の原点

作家・北方謙三は青春について、何か大きな結果を残したかではなく、どれだけ一途に打ち込んだかが大切だという趣旨の言葉を残している。この言葉だけを読むと、成果を気にせず好きなことを楽しもうという軽やかな助言にも見える。ところが本人の対談を読むと、何年も原稿が採用されず、それでも書き続けた時代を振り返った言葉だと分かる。

出典は『致知』2015年2月号掲載の、作家・北方謙三と東京大学教授・福島智による対談「未来をひらく」。致知出版社が2026年に公開した抜粋記事では、北方が二十代の約10年間を「青春だった」と振り返る流れの中で、この言葉を語っている。若者一般への訓示ではなく、自分の過去への評価という点が重要だ。

原稿用紙の山になるまで書き続けた十年間

北方は学生時代に文芸誌へ作品が掲載され、才能を認められた経験があった。しかし、その後は投稿しても作品が掲載されず、何度も原稿を突き返されたという。自信が揺らいでも執筆を続け、その不採用原稿を積み上げれば自分の背丈を超えるほどになったと語る。

生活を支えるため、荷役やごみ収集などの肉体労働にも従事した。対談によれば、月のうち十日ほど働いて生活費を稼ぎ、残る時間を小説に充てる時期が続いたという。ここでの「馬鹿になる」は、何も考えずに無計画に遊ぶこととは違う。結果が出ないことを分かっていても、書く仕事に時間と労力を投じ続けたという実体験を指している。

北方は二十歳の頃、原稿が採用されて自分を天才だと思ったと回想する。しかし五年、さらに十年と経つ中で、その確信は崩れていった。それでも、才があるかどうかを外から証明できる日を待つだけでなく、目の前の原稿に取り組み続けた。成功した後から振り返る「青春」には、当時の焦りや不安も含まれていたのである。

成果を否定しているのではなく、評価する物差しを変えている

北方の言葉は、結果などどうでもよいという主張だろうか。そう単純ではない。小説を書き続けたのは、作品を世に届けたいという願いがあったからこそだろう。その願いがすぐにはかなわなかった時間まで、人生の無駄だったことにしたくない。達成の有無だけで、ある時期の価値をすべて決めないという読み方ができる。

とはいえ、十年間続ければ誰もが同じ結果に至るわけではない。北方が作家として成功した事実から、どんな挑戦も続ければ必ず実るという法則を導くことはできない。本人の経験が示しているのは、成果の見えない時間を後からどう引き受けるかという問題である。

福島智との対談だから見える言葉の重み

対談相手の福島智は、盲ろうという障害とともに研究や社会活動を続けてきた人物である。致知出版社の記事は、両者がそれぞれの道を振り返る対話を紹介している。北方の言葉を単独で切り出すだけでは、異なる経験を持つ二人が生き方を交わす場で語られたという背景が失われる。

公開された対談抜粋は致知出版社「青春とは、どれだけ一途に、馬鹿になれるか」。同社による2021年掲載の紹介記事にも本人の回想が収録されている。いずれも版元自身が公開している資料で、対談の元記事は『致知』2015年2月号だと明記されている。

今の仕事や創作へ引き寄せるなら

結果が出ない期間には、将来へつながる学びが見えにくい。そこで、数字で測れる成果だけでなく、何を試し、何を直し、どんな問いが深くなったかを振り返る方法がある。小説なら不採用原稿にも、文体や登場人物を探った痕跡が残るはずだ。

ただし、続けること自体を目的にしてしまうと、変化の兆しを見落とす。身体や生活を壊してまで頑張れという言葉でもない。好きなものを大切にしながら、続け方は柔軟に変えてよい。これは北方の対談から考えた編集上の解釈であり、本人が現在の働き方を具体的に指示したわけではない。

出典とまとめ

「青春というのは意味のあることを成し遂げることじゃない」という言葉は、出典未詳の格言ではない。北方本人と福島智の対談が、出版社から公開されている。そこでの青春は、十年分の採用されなかった原稿と、それでも書いた自分を振り返るための言葉だった。

本文の主要根拠は『致知』2015年2月号の対談抜粋(致知出版社の公開記事)。対談は版元公開の抜粋・編集版であり、雑誌紙面の全ページを今回直接照合したわけではない。ボツ原稿をめぐる別の解説記事北方謙三「背丈を超えるボツ原稿」、父の言葉を扱う「男は十年だ」にも関連する背景がある。

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