自分の身体や能力に、ほかの人との違いを感じたことはあるでしょうか。元英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルの吉田都は、技術と表現を磨く過程で、自分の体格や表現力へのコンプレックスに向き合ってきたと語っています。世に流通する「コンプレックスを持つ人は、欠点を補うために努力と研究を重ねられる」という一節は、その経験を短く表したものです。ただし、劣等感を持つ人が必ず成功するという一般法則ではありません。具体的に何を研究したのかを、本人の取材へ戻って読みます。
出典――『致知』2021年10月号に掲載された本人の体験
致知出版社「バレエの道一筋――吉田都さんが教える『コンプレックス』との向き合い方」(2023年4月10日公開)は、月刊『致知』2021年10月号「二十代をどう生きるか」の本人インタビューを抜粋したものです。吉田は、英国留学で出会ったダンサーの表現力と、自分の技術面の強みを比較しながら、何を磨くべきかを考えた経験を話しています。
同社の「武道・アスリートの名言」一覧には、コンプレックスを持つ人が努力と研究を重ねられるという長い一文が、吉田名義で掲載されています。一方、公開されている2021年の取材抜粋には、この文章と内容の近い本人の説明があるものの、一覧の一文と逐語的に完全一致する箇所までは確認できません。文言の違いを残したうえで紹介します。
体格へのコンプレックスを、鏡の前の研究へ変えた
吉田が語る具体的な工夫は、とても地道です。英国でほかのダンサーたちと自分を比べ、身体の見え方に悩んだ彼女は、鏡の前で身体を見せる角度を細かく研究したと振り返っています。回転やジャンプといった基礎技術も、努力によって磨ける領域として徹底してきました。
この体験には、単なる「自信のなさをバネにした成功談」より細かな構造があります。変えられない身体的特徴そのものと、工夫できる踊り方や魅せ方を分けたことです。欠点を消そうとするのではなく、今ある条件のなかで表現の選択肢を探す姿勢と言えます。
重要なのは、吉田が「コンプレックスそのものが良いものだ」と言い切っているわけではないことです。本人は、付き合い続けるしかないものとして語っています。厄介な感情を無理に肯定せずとも、それを手掛かりに工夫を始められる場合がある、という理解の方が原資料に近いでしょう。
「自分には何もない」と感じた英国留学
留学中の吉田が衝撃を受けたのは、踊り手によって同じ振り付けの表現が大きく違うことでした。与えられた振りを正確に踊る力は強みである一方、自分らしい表現をどう生み出すのかが課題だったと取材で語っています。
そこで技術を磨くことと、経験を通じて表現を学ぶことを分けて考えた点が重要です。すぐに解決できないものがあるとき、今改善できる技術や準備を明確にする。この考え方は芸術の世界だけでなく、学びや仕事の困難にも応用できます。ただし、吉田本人がマーケティングや一般のキャリア論を論じたというわけではありません。
国際的な舞台での経歴と、現在の役割
新国立劇場の公式プロフィールによれば、吉田は1983年のローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞を受賞。英国ではバーミンガム・ロイヤル・バレエと英国ロイヤル・バレエでプリンシパルを務めました。2020年9月から新国立劇場の舞踊芸術監督を務めています。
また、新国立劇場の2026年3月11日付発表によると、2028年9月から2032年8月までの次期任期への再任も決定しています。この公的な経歴は現在の立場を確かめる資料であり、引用文そのものの原典ではありません。
コンプレックスを「必ず克服すべきもの」にしない
短い名言だけでは、劣等感を抱えれば誰でも努力できる、あるいは自分に満足する人は成長しない、と受け取られるかもしれません。しかし、他者と比較すること自体が大きな負担になる人もいます。コンプレックスを持つことは、成長の必須条件ではありません。
吉田の経験から参考になるのは、弱点を無理に消し去るのではなく、自分で変えられる部分を見つけ、できる方法を研究するという点です。自分がすでに持っている技術面の強みを見つめ直していることも忘れたくありません。
仕事や学びに取り入れる三つの工夫
- 事実と評価を分ける:「自分は下手だ」という評価を、どの場面で何ができなかったかという具体的な観察へ変える。
- すでにある強みを把握する:不足している部分だけでなく、他者が評価する得意な点を整理する。
- 変えられる方法を試す:身体の特徴ではなく魅せ方を工夫したように、準備、伝え方、練習方法などを試行する。
例えば発表が苦手なら、「自分は人前で話す才能がない」と結論する前に、話の順番、資料の量、練習方法、質疑応答への備えなど、変えられる要素を分けてみます。すべてを克服する必要はありません。自分が大事にしたい表現や目的に対して、どこを工夫できるかという問いが出発点です。
出典と確認状況
- 致知出版社・吉田都インタビュー(2023年4月10日公開、初出『致知』2021年10月号)――英国留学、表現と技術、体格へのコンプレックスを本人が説明。
- 致知出版社「武道・アスリートの名言」――当該短句の流通形。
- 新国立劇場「舞踊芸術監督 吉田都」――公式経歴と役職。
- 新国立劇場・2026年3月11日付発表――2028/2029シーズンからの再任予定。
出典状態:文言変化・意訳。 吉田本人が身体的特徴や表現上の課題を工夫してきた事実は『致知』の本人取材で確認できますが、流通する長い一文と公開取材抜粋の逐語一致、最初の発言箇所は未確認です。流通文言と本人の実際の説明を区別しています。
まとめ――弱点よりも、工夫の余地を見つめる
吉田都の体験は、コンプレックスを持つことの善し悪しを単純に語ってはいません。自分には変えにくい条件もあれば、研究や練習によって調整できる表現もあります。その両方を見極め、できる工夫を積み重ねたという点に、この経験ならではの価値があります。自分に不足しているものだけでなく、自分にできる選択を探す。そんな問いを持ち帰れる言葉です。
