ラ・ブリュイエール「大恋愛の経験者は友情を重んじない」|『人さまざま』の原文と対句

大恋愛をすると友情が軽くなるのか

「大恋愛の経験のある者は友情を重んじない」。一見すると、恋愛に夢中になる人への厳しい批判のように読める言葉です。フランスの作家ジャン・ド・ラ・ブリュイエールに帰属されていますが、実際に『Les Caractères(人さまざま)』の「Du Cœur(心について)」第8項に対応する文章があります。人物を特定できるだけでなく、どの章のどの位置かを示せる言葉です。

ところが、日本語の短い形だけを読むと、作者の表現の半分を見落とします。原文は、恋愛を知った人が友情を軽視するという一節の後に、友情へ力を注ぎきった人は、まだ恋愛のために何もしていないという逆向きの対句が続くのです。この二つを合わせると、友情を低く評価するだけの文章には見えなくなります。

恋人ができて友人との時間が減った経験は珍しくありません。それでも、そうした変化をすべての人の運命と考えるのは早計です。当時の警句は観察や誇張を伴う表現であって、現在の心理学的な法則ではないからです。まず原文の形に立ち返って、この言葉の鋭さがどこから生まれるのかを見ていきます。

1696年版『Les Caractères』「Du Cœur」第8項

確認した1696年版テキストでは「Celuy qui a eu l’expérience d’un grand amour néglige l’amitié」という文言が見つかります。説明のため現代的な表記で言えば、「大きな恋を経験した者は友情をなおざりにする」という趣旨です。日本語の「重んじない」は方向として近いものの、「néglige」には「顧みなくなる」「おろそかにする」という行動のニュアンスがあります。

この言葉は、「心について」の第8項に置かれ、その直前には恋愛と友情が互いに排除し合うというさらに強い言い方があります。一方、少し前の第3項では、恋愛は突然生じるが、友情は時間をかけて育つと述べています。つまり、作者が見つめているのは、両者の良し悪しだけでなく、生まれ方と維持の仕方が違う関係なのです。

1696年版の章を公開するWikisourceのテキストと、Project Gutenbergで確認できる校訂テキストでは、第8項に相当する文章の構造が一致します。ただし、刊行年として知られる1688年の初版に同じ文がすでに収録されていたか、異版の全文をここで逐一比較したわけではありません。出典を記す際は、実際に照合した1696年版を明確にします。

省かれた後半に、どんな意味があるのか

原文後半では、友情に力を注ぎきった人について、今度は恋愛のためにまだ何もしていない、と言い返します。前半だけなら「大恋愛をすると友達を無視する」という一方向の批判になりますが、後半があることで、恋愛と友情を対照的な世界として描く警句に変わります。

この対句は、恋愛を頂点に置く階層図というより、同じ人でも関係の種類が変われば異なる能力や情熱が求められる、という挑発にも読めます。もちろん、友情に尽くした人には恋愛を理解できない、と現実に当てはめるべきではありません。文学の表現がわざと断定するからこそ、読み手は反発しながら考えられます。

また、恋愛への没入と友情の維持は両立しないものとして固定する必要はありません。恋人にも友人にも誠実でいようとする人はいますし、人生の時期によって時間配分は変わります。二つの親しい関係がぶつかる場面に心当たりがあるかを考える入口として、警句を活用できます。

恋愛と友情は、始まり方も時間のかけ方も違う

突然の恋は、相手を知りたい気持ちで毎日の予定を変えてしまうことがあります。一方、友情は繰り返しの会話や、小さな約束が守られる経験を通じて深まることが多いものです。作者が両者の違いを観察した箇所には、感情の強さと、関係を築くための時間は必ずしも同じではないという気づきがあります。

だからといって、恋愛は激しく短く、友情は穏やかで長いと決められるわけでもありません。恋人との関係が静かな信頼へ変化することもあれば、友人をめぐって強い感情が生じることもあります。関係の名称より、相手との間で何を大切にしているかに目を向けたほうが、暮らしの中では役に立ちます。

「恋人ができたら友達を忘れる」といった決まり文句は、当事者を責める道具になりやすいものです。約束が続けて破られたなら、その具体的な事実を話し合えばよいでしょう。恋愛と友情のどちらが偉いかという議論より、期待のすれ違いを言葉にすることが現実的です。

現代の人間関係で考えるべきこと

親しい人とのつながりが一つに集中すると、その関係に変化があったとき負担も集中します。恋愛と友情を競争させず、それぞれに違う役割があると認めることは、生活の幅を保つことにつながります。誰かとの関係を深めるために、別の大切な人を必ず失う必要はありません。

一方で、友人との付き合い方が以前と変わっただけで不誠実と決めつけるのも避けたいところです。仕事、育児、介護、体調など、時間の使い方を変える事情はさまざまです。返信の速さや会う頻度と、相手を大事に思う気持ちを短絡的に同一視しないことも、成熟した関係に必要でしょう。

連絡が減った友人へ声をかけるときは、責めるよりも、最近どんな暮らしをしているか尋ねてみる。恋人との時間が増えた自分にも、以前の友人との関係に何を求めていたか考えてみる。二種類の親密さを比較するより、それぞれをどう育てるか問う姿勢が、言葉を生かす方法だと思います。

まとめ——原文は一文で終わらない

ラ・ブリュイエールの言葉には、1696年版『Les Caractères』「Du Cœur」第8項という確認可能な出典があります。ただし、流通する日本語は原文の対句の前半のみを取り出した短縮表現です。後半まで読むと、恋愛だけを持ち上げたり友情だけを下げたりするより、二つの関係の違いを誇張して描く作者の筆致が見えてきます。

原典の参照先は1696年版『Les Caractères』「Du Cœur」第8項の公開テキスト、およびProject Gutenbergのフランス語全文です。該当箇所の章・項・後半を照合しました。

日本語の定型訳がどの翻訳書に由来するかと、1688年初版から1696年版までの収録履歴は未確定です。したがって、実際の版の原文を確認できた「出典確認済み」と、文脈を省略した「意訳・文言変化」を併記します。この言葉を人生の判決文ではなく、親密な関係を考えるための文学的な問いとして読むのがよいでしょう。

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