はじめに
「人は自分が幸福であることを知らないから不幸なのである」という言葉は、ドストエフスキー『悪霊』に確認できます。
しかし、これは「今ある小さな幸せに感謝しよう」という一般的な幸福論ではありません。話者はキリーロフです。
葉っぱを見て「すべてはよい」と語るキリーロフ
スタヴローギンとの会話で、キリーロフは一枚の葉を思い出し、「葉はよい」「すべてはよい」と語ります。
そして “Man is unhappy because he doesn’t know he’s happy. It’s only that.” と続けます。
ところがスタヴローギンが「飢え死にする人や、少女が辱められることもよいのか」と問い返しても、キリーロフは「よい」と答えます。
この応答まで読むと、単純な感謝の教訓ではないことが明らかです。
幸福と時間停止、そして「人神」へつながる
同じ会話でキリーロフは、人類が幸福へ達すれば時間は不要になり、時間は意識の中で消えるという考えを語ります。
さらに作品全体では、彼は自殺によって死への恐怖を征服し、「人神」として人間の自由を証明しようとします。
したがって「自分が幸福だと気づけば即座に幸せになれる」という部分だけを切り取り、感謝日記やマインドフルネスへ直結させると、キリーロフの極端な思想と作品の不穏さが消えます。
ドストエフスキー本人の幸福論ではない
ドストエフスキーはキリーロフに、魅力的でありながら危険な思想を語らせます。
その一文が美しく見えるからといって、作者自身が読者へ推奨した思想と同一視することはできません。
文学作品の名言では、誰が話し、その思想が物語の中でどこへ向かうのかまで見る必要があります。
まとめ
「人は自分が幸福だと知らないから不幸」は、『悪霊』のキリーロフの真正な台詞です。
しかし、日常の幸福に気づくための穏やかな格言ではなく、「すべてはよい」、時間の消滅、自殺による人神という思想へ連なる会話の一部です。
出典メモ:Fyodor Dostoevsky, Demons / The Possessed(『悪霊』)、キリーロフとスタヴローギンの会話。Project Gutenberg公開の英訳全文で、キリーロフが幸福を語る直前の木の葉の話と、直後の苦痛や理不尽を問われる場面を確認できます。確認したのは英訳テキストであり、原著ロシア語と日本語流通形の逐語対応や訳者は未照合です。作者本人の直接的な人生訓ではなく、作品の登場人物の思想として読む必要があります。
ドストエフスキーと『悪霊』をさらに読む
ドストエフスキー人物ページでは、登場人物の独立した思想を作者の一つの教義へまとめず、作品を横断して読めます。『悪霊』作品ページでは、ステパンとキリーロフの異なる声を、真実・幸福・不幸・自殺・自由の対立として比較できます。