結論――この言葉はゲーテではなくルソー
「10歳では菓子に、20歳では恋人に、30歳では快楽に、40歳では野心に、50歳では貪欲に動かされる。いつになったら人間は知恵だけを追うのか」といった形で流通する言葉は、ゲーテではなくジャン=ジャック・ルソー『エミール』第5編に原典を確認できます。
フランス語原文には、À dix ans, il est mené par des gâteaux, à vingt par une maîtresse… とあり、年齢ごとに人を動かすものが変わる様子が続きます。
したがって、旧記事の「ゲーテの人生観が表れている」という説明は成立しません。著者をルソーへ訂正し、作品の文脈に戻して読み直します。
『エミール』第5編では、人生の各段階を動かす欲望を見ている
この一節の直前でルソーは、「人生の場面は変化し、それぞれの年齢には人を動かす力がある」と述べています。そこで、幼い時期には菓子、若い時期には恋愛、その後は快楽、野心、貪欲へと、人を動かす対象が移っていく例を並べます。
最後に問われるのが、「では、人はいつ知恵だけを追うようになるのか」という問題です。単なる年齢あるあるではなく、年を重ねても人間はさまざまな欲望に動かされ続けるという観察になっています。
「詩『人生』」ではなく、『エミール』の散文
日本語の名言集では、この言葉が独立した詩や格言のように紹介されることがあります。しかし確認できる原典は、『エミール』第5編の散文の一節です。
引用を作品へ戻すと、「10代、20代、30代……」という並びそのものより、教育・欲望・判断力という『エミール』全体の問いとつながっていることが分かります。
ルソーと『エミール』からさらに読む
ルソーの生涯と思想はジャン=ジャック・ルソー人物ページへ。教育、自由、欲望、自然、判断力という作品全体の問いは『エミール』作品ページで整理しています。
出典状態
誤帰属。 旧記事ではゲーテの言葉としていましたが、原典はルソー『エミール』第5編に確認できます。意味の解説も、ゲーテではなくルソーと『エミール』の文脈から読み直す必要があります。
出典状態の基準は名言の出典ステータスの読み方、ほかの監査記事は出典から名言を探すで確認できます。
出典メモ:Jean-Jacques Rousseau, Émile, ou De l’éducation, Livre V. Wikisource掲載本文。