ラ・ブリュイエール「遠すぎる道はない」|『人さまざま』第108項と忍耐の意味

「ゆうゆうと焦らずに歩む者にとって長すぎる道はない。辛抱強く準備する者にとって遠すぎる利益はない」。17世紀フランスのモラリスト、ジャン・ド・ラ・ブリュイエールに由来する言葉です。単純な「頑張れば必ず成功する」という励ましに変えられがちですが、原典『Les Caractères』(『人さまざま』『カラクテール』)の「Des Jugements(判断について)」第108項に戻ると、急ぐことと物事を判断することの関係を考える短い思索として読めます。

原典は『Les Caractères』の「Des Jugements」

ラ・ブリュイエール(1645–1696)は、宮廷や社交界に生きる人々の行動、言葉、虚栄や判断を観察し、短い文章で描き出したフランスの著述家です。『Les Caractères』は1688年に刊行され、著者の生前にも版を重ねて文章が増補・修正されました。

該当するフランス語は、“Il n’y a point de chemin trop long à qui marche lentement et sans se presser” と始まり、後半では忍耐をもって準備する者にとって、遠すぎる利益・利点はないと続きます。長い二つの節が対をなし、歩みの速さと準備の持続を重ね合わせています。

1872年刊の全集版では「Des Jugements」の108番として掲載され、後ろにローマ数字「IV」が付されています。1880年刊のフラマリオン版にも、前後する格言とともに同じフランス語の文章を確認できます。ここで示す番号はその刊本の整理に基づくものです。

「遅く歩く」は、ただ怠けることではない

原文にある lentement et sans se presser は「ゆっくりと、急がずに」という意味です。ただし、立ち止まったまま何もしないのではなく、歩み続ける人について語っています。速さにこだわるあまり疲弊したり、判断が粗くなったりすることと、日々の仕事を続けることは別です。

例えば長期の学習では、一度に大量の内容を詰め込んでも理解が定着しない場合があります。読み、考え、使ってみて、再び確かめるという作業を重ねる方法もあります。この例は原文に基づく当サイトの応用であり、ラ・ブリュイエールが現代の学習科学の成果を予言していたという意味ではありません。

「利益」と訳される avantages の意味

後半の avantages は、利益・便益・有利な条件などを意味します。日本語の「利益」だけでは、お金や企業収益の話に限定されることがあります。しかし、この文章には具体的な商取引や投資の説明はありません。

ここでは、遠くに感じられる有利な成果や望ましいもの一般と読む余地があります。同時に、それを獲得できることを論理的に保証する数式でもありません。あくまで人物の行動や判断を捉える格言という文学的な形式であることを忘れないようにしたいものです。

「Des Jugements」という章の中で読む

「判断について」の章には、人々が他者の言葉や業績を正当に評価しないこと、表面の印象に惑わされること、権勢のある人物について態度を変えることなどへの観察が並びます。そこへ、ゆっくり歩み、忍耐して準備する人についての文章が置かれています。

直前には、長い歴史の中でまだ知られていない発見や変化がいかに多いかを考える文章があり、直後には、人に媚びず、人からの取り入りも求めない態度についての短文が続きます。これらが一つの論証として書かれたと断定する必要はありませんが、人間の見通しの限界と、慌てて価値を判断する危うさが同じ章で繰り返し考えられていることが分かります。

本当に「必ず報われる」と書いてあるか

原文には「道が長すぎることはない」「成果が遠すぎることはない」という強い修辞が使われています。ただし、人がどれだけ忍耐しても自然災害や病気、制度上の障壁、経済的な条件などによって目標へ到達できないことがあります。

格言を、失敗した人に対して「努力が足りなかった」と断言する道具にすれば、もとの思索を歪めます。忍耐は大切でも、状況が変われば方法を変える、目標を修正する、助けを求めることも必要です。

現代の仕事や生活への読み替え

長期的な仕事では、目先の数字がすぐに改善しないときでも、今日確認できる小さな変化を積み重ねることが役立ちます。反対に、状況が悪化しているのに同じ施策を惰性で続けるなら、忍耐が単なる先延ばしになることもあります。

「焦らず進む」というのは、途中で立ち止まって確かめる余裕を持ちながら、必要な行動を続けることだと解釈できます。自分の力で変えられない条件を把握したうえで、どの歩幅なら持続可能かを考えてみる。これは当サイトの解釈であり、著者が現代企業の管理手法を提示したものではありません。

参考資料と監査の範囲

【原文と掲載章】Jean de La Bruyère『Les Caractères』1880年フラマリオン版「Des Jugements」。原文とその前後の格言、章の構成を確認しました。

【別の刊本と番号】『Œuvres complètes』1872年版第2巻、該当箇所(108)。本文の位置と章内の番号を照合しました。

【ページの転写】1880年版「Des Jugements」該当ページの転写。書物に掲載された字句をもう一つの形で確認しました。

監査判定:原著の該当文章、掲載章、版による収録位置を確認済み。日本語定型訳の訳者・初出、著者がこの句を最初に書いた時期を本監査だけで確定したわけではありません。日本語の「利益」には原文より狭いニュアンスが生じるため、本文で補足しました。

当サイトの名言と原典のガイドでは、外国語の格言を短い日本語へ移す際の考え方も紹介しています。

ゆっくり歩くことは、目的を忘れることではありません。遠くを見すぎて今日できることが見えなくなったとき、持続できる速さを選び直す。『人さまざま』の一節は、忍耐を美化するだけではなく、進み方を考え直すための言葉として読めます。

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