「今日卵を一つ持つより、明日めんどりを一羽持つほうがよい。」
トーマス・フラーの名言として紹介されることがありますが、正確にはフラーが1732年の『Gnomologia』に収録したことわざです。
『Gnomologia』自体が「古代・近代、外国・英国の格言・ことわざ・機知ある言葉」を集めた本なので、収録されている一文をそのままフラー本人の創作とみなすことはできません。
さらに人物名にも注意が必要です。この『Gnomologia』の編者は、しばしば名言サイトで混同される聖職者・歴史家Thomas Fuller(1608–1661)ではなく、医師Thomas Fuller, M.D.(1654–1734)です。同名人物を分ける必要があります。
『Gnomologia』には確かに載っている
1732年版『Gnomologia』の番号2916には、次の形で収録されています。
It is better to have a Hen to Morrow, than an Egg to Day.
直訳すれば、「今日卵を持つより、明日めんどりを持つ方がよい」です。
現在の日本語の「今日卵を一つ持つより、明日めんどりを一羽持つほうがよい」は、この形にかなり近い訳です。
ただし、これはフラーの「創作名言集」ではない
ここが重要です。
『Gnomologia』の正式な説明には、“Adagies and Proverbs; Wise Sentences and Witty Sayings, Ancient and Modern, Foreign and British” とあります。
つまりフラーは、古今東西の格言やことわざを収集・編集した人物です。
そのため、「『Gnomologia』にフラー名義で載っている」ことと、「フラー自身がこのことわざを作った」ことは同じではありません。
さらに面白いのは、逆向きのことわざも古くからあること
ことわざ史をたどると、「明日の鶏より今日の卵」という、ほぼ逆の意味を持つ形も確認できます。
Tilleyのことわざ資料では、1659年に「今日の卵の方がよい」という系統が記録され、1666年にも「明日のめんどりより今日の卵」という形が確認されています。
一方、1732年のフラー『Gnomologia』では、「今日の卵より明日のめんどり」という逆向きの形が収録されています。
これは、ことわざがいつも一つの固定した教訓を持つわけではないことを示す面白い例です。
「長期投資のすすめ」と決めつけない方が面白い
旧来の解説では、この言葉を「短期的利益を捨て、長期的成長へ投資せよ」というビジネス教訓として読むことができます。
もちろん、その読み方は可能です。
ただ、反対向きのことわざも存在するなら、「未来の大きな利益を待つべきだ」という唯一の正解にする必要はありません。
今日の確実な小さな利益を取るのか、明日のより大きな可能性を待つのか。確実性と期待値のどちらを重く見るかという、昔から繰り返されてきた判断の問題として読むことができます。
ことわざは、同じ比喩から逆の知恵も生まれる
「今日の卵」と「明日の鶏」は、現在と未来、確実な小利益と不確実な大利益の対比です。
どちらを選ぶべきかは、状況によって変わります。
だからこそ、ことわざの面白さは「昔の人が一つの正解を教えてくれる」ことではありません。
同じ人間の問題に対して、正反対の知恵がどちらも残っていることがあります。その矛盾ごと読むと、格言集は単なる教訓集ではなくなります。
出典と判定
1732年のトーマス・フラー編『Gnomologia』は、Open Libraryで書誌と版情報を確認できます。
ことわざの変遷については、Tilley’s Proverbsに、1659年、1666年、1732年などの用例が整理されています。
この文言が『Gnomologia』に収録されていること自体は確認できます。しかしフラー本人の創作名言として扱う根拠にはならないため、この記事では「誤帰属」と判定します。
引用の判定基準は出典ステータスの読み方にまとめています。