はじめに
「互いに自由を妨げない範囲において、我が自由を拡張すること、これが自由の法則である。」この日本語はカント名義で流通しています。
『人倫の形而上学』の法論には、これと非常に近い明確な原理があります。カントは、ある人の自由な選択が普遍的な法則のもとで他のすべての人の自由と共存できることを、法の基本原理として示しています。
「好きなことをしてよい。ただし迷惑をかけるな」だけではない
日常語に直すと「他人の自由を侵害しない範囲で自由」という説明になりがちです。しかしカントが論じているのは、単なるマナーや思いやりではなく「法」の条件です。
問題になるのは、一人の恣意的な選択と別の人の選択が、普遍的な自由の法則のもとで同時に成立できるかどうかです。
倫理と法を混同しない
旧記事では、他人への配慮や家族への思いやりまで、この言葉から直接カントの主張として広げていました。しかしカント自身は、この箇所で法と倫理を区別しています。
法が問題にするのは外的な行為が他者の自由と両立するかです。心の中で他者の自由を好ましく思っているかどうかまで、同じ原理が要求するわけではありません。
自由を守るための制約という逆説
さらにカントは、他者の自由を妨げる行為を止める強制が、普遍的自由と両立しうることも論じます。自由を守るためには、自由を妨げる行為を制約できるという構造です。
ここまで読むと、「自由には責任がある」という一般論より、法哲学としてはるかに精密な議論であることが分かります。
まとめ
流通する日本語は、カントの法原理を要約した表現として理解できます。ただし逐語的な一文として扱うより、『人倫の形而上学』の原則へ戻る方が正確です。
自分の自由と他者の自由が、普遍的な法則のもとで共存できること。これがカントの法概念を理解する重要な入口です。
カントを人物から読む
イマヌエル・カント人物ページでは、『純粋理性批判』『判断力批判』『人倫の形而上学』『人間学』を横断し、本人の文章・他者引用・後世の要約・出典未確認を区別して読めます。
原典の位置:Immanuel Kant, Die Metaphysik der Sitten (1797), 「法論」導入§ C、アカデミー版第6巻230頁29〜31行。「各人の選択の自由が普遍的法則に基づいて万人の自由と共存できる行為が正しい」という原語の法原理が確認できます。日本語で流通する「互いに自由を妨げない範囲において…」は原典の逐語引用ではなく、論旨をまとめた表現です。隣接する同頁24〜26行では、法を相互の自由な選択が両立する条件として定義しています。