古山高麗雄「中くらいでいい」|普通の価値と原典未確認の言葉

「中くらいでいい」の長い文と出典の不明点

「中くらいでいい。そこにちょっぴりいいものがありさえすればいい」。作家・古山高麗雄に帰されるこの言葉は、勝ち負けや優劣だけで人生を測らなくてもよいという呼びかけに聞こえる。ただし本人のどの小説・随筆・講演にある一節なのか、巻や頁は今回確認できなかった。

名言ナビには短縮前の長い形が掲載されている。そこでは人は誰でも上には上が、下には下がいて、特別に優れているわけでも特別に劣っているわけでもない、という話が先行する。「中くらいでいい」は、何もしなくてよいという断言ではなく、他人との序列ばかりを気にする考え方への問いとして読める。

旧記事は、この文章を小説の登場人物の台詞だと断定していた。しかし、引用集は作者名を示すだけで、作品名も話者も挙げていない。根拠のない登場人物や執筆事情を作らず、流通している文章として慎重に扱う必要がある。

古山高麗雄の人生を単純な成功論にしない

古山高麗雄は1920年に朝鮮の新義州で生まれ、戦時中に召集され、東南アジアで戦争を経験した。草思社の公式書誌によれば、戦後は復員して出版社の仕事に携わり、1970年に戦争体験に基づく『プレオー8の夜明け』で芥川賞を受けた。作家として注目されたのは若いころではなく、編集の仕事を続けた後のことだった。

中央公論新社の『編集者冥利の生活』の紹介には、雑誌『季刊藝術』での活動、他の作家との交流、自伝的な随筆が収められていることが記される。古山は小説だけでなく、編集者としても文化や文章に関わってきた。ものを書く側と、他人の原稿を扱う側の両方を経験した人物である。

ただし、過酷な戦争や仕事の経験から、必ず「中くらいでいい」という考えに到達したとすることはできない。本人の人生が言葉の雰囲気と重なるように見えても、発言の初出が不明な限り、具体的な心理や創作動機を結びつけない。

「普通」の意味は一つではない

引用集に掲載された長い形では、優劣を比較し続けるために自分を不十分だと感じてしまう問題が語られる。上位を目指すこと自体が悪いのではなく、いつまでも誰かより上でなければならないという基準を唯一の価値観にしない、という読み方ができる。

ただし「普通」という言葉は人によって違う。収入や仕事の内容、住む場所や健康など、生活の条件は同じではない。他人の苦労を知らずに「普通でよいでしょう」と言ってしまうと、本人の困難を軽く扱うことにもなる。何を十分と感じるかは、他人が一方的に決められるものではない。

「ちょっぴりいいもの」という表現の魅力は、数字にしにくい価値も残していることにある。たとえば日々の仕事に小さな工夫をしたり、好きな趣味へ時間を使ったりすることは、ランキングには出ないかもしれない。大きな成果以外にも、自分にとって意味のある手触りを見つけるという問いになる。

古山の仕事の記録と、言葉への解釈を分ける

古山自身の創作については、出版取次サイトe-honが掲載した『二十三の戦争短編小説』刊行時の本人インタビューが参考になる。そこで古山は、編集者として働いていたころ、江藤淳に促されて49歳で初めて小説を書いたと振り返っている。作家への転身は、長いあいだ別の仕事を経験した後の選択だった。

同じ取材では、戦争にまつわる個人の体験と文学の関係、編集者として作家を支える仕事なども語られる。だが、そこに問題の名言の逐語形が記されているわけではない。人物の本人証言と、出所を確認できない格言を同じ証拠として扱わないことが重要だ。

また古山の著作には、戦争の記憶や人との交流を通して日常の小さな場面を描く作品がある。『人生、しょせん運不運』は肉親の死や記憶を扱う随筆集として紹介されている。苦い経験を描く文学作品があることと、単純な穏やかさだけを説く作者像を重ねないようにしたい。

「中くらい」を現代へ持ち込むときの注意

この言葉を今の仕事や暮らしへ引き寄せるなら、常に最大の目標だけを追わず、自分の時間や生活を何に使うかを考える契機になる。ただし何かを変えたい人や高い目標を持つ人に、挑戦を諦めろと命じる言葉ではない。競争から離れる自由と、競争に挑む自由は両立する。

引用が広まった形は名言ナビの長文掲載で確認した。人物と著作の書誌は草思社『人生、しょせん運不運』、『編集者冥利の生活』の版元書誌、小学館『プレオー8の夜明け』を参照した。これらは作者の経歴と作品を確認する資料で、名言の掲載ページを証明する資料ではない。

古山の仕事への回想はe-honの本人インタビューで読める。今後原典が見つかれば、言葉を誰がどの場面で語ったのかを確認し直したい。それまでは不確かな引用を作者の確定した教えとみなさず、長い流通文の問いかけを批判的に読む記事として残す。

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