「教えるとは希望を語ること」は阿部謹也の創作ではない|アラゴンの詩と日本語訳

はじめに|阿部謹也の「教えるとは、ともに希望を語ること」の出典

「教えるとは、ともに希望を語ることという言葉が今ほど必要な時はないであろう」。この文章は歴史学者・阿部謹也の名言として広まっています。しかし、「教えるとは希望を語ること」という核になる詩句の出典は、阿部自身の創作ではなくフランスの詩人ルイ・アラゴンの作品にさかのぼります。

ただし、阿部が他者の詩句を引用して現代の教育について論じた可能性と、阿部が詩句自体を書いたかどうかは別です。さらに、流通する「ともに」という語が、どの訳や文章から加わったかも未特定です。作者・引用者・翻訳者・後世の言い換えを区別して読み直します。

図書館が『アラゴン選集』第2巻の該当箇所を確認

島根県立図書館は2002年6月のレファレンス事例で、問題の表現を調査し、アラゴンの詩「ストラスブール大学の歌」の一節として確認しました。同館の報告には、『アラゴン選集』第2巻の151ページという具体的な所在も記録されています。

その報告では、日本語訳に「教えるとは希望を語ること」と「学ぶとは誠実を胸にきざむこと」があると紹介し、別の翻訳では教えと希望、学ぶことと誠の結びつけ方が異なることも説明しています。国立国会図書館レファレンス協同データベース:島根県立図書館の事例で調査内容を確認できます。

同じく恵庭市立図書館のレファレンス事例でも、「ストラスブール大学の歌」を『アラゴン選集』で確認したことが記されています。二つの図書館の調査が同じ作品へ行き着いていることは、アラゴンの詩への帰属を裏づける重要な根拠です。

「ともに」の一語はどこから来たのか

今回問題となるのは、アラゴンの詩句として図書館が確認した日本語訳と、「教えるとは、ともに希望を語ること」という流通文の間に語句の違いがあることです。図書館の調査例に「ともに」を含む文字列がそのまま掲載されているわけではありません。

翻訳では原文の意味を日本語のどの表現で伝えるかによって、言い回しが変わり得ます。しかし、「ともに」が原詩にあると断定することも、阿部が付け足したと決めつけることもできません。阿部による文章の原本や、他の日本語訳・後世の引用を比較する必要があります。

日本語訳には訳者の仕事が含まれます。元のフランス語詩が同じだからといって、後年の別表現まで元の詩人がそのまま書いた文字列として扱うことはできません。図書館の事例自体、フランス語原文は所蔵していないと説明しており、今回の調査でもフランス語版の校訂本文まで独立には照合していません。

阿部謹也が述べたかもしれない「今ほど必要な時はない」

流通する一文の後半「という言葉が今ほど必要な時はないであろう」は、先行する詩句を引用したうえで、教育の重要性について述べた文章の一部として読めます。阿部がそのように述べたことを示す転載記録はありますが、著書名やページを確定できていません。

したがって、前半の詩句を阿部自身の創作とするのは誤りであり、一方で後半まで阿部の文章ではないと断定する資料もありません。本文においては「引用した側と考えられるが、阿部自身の文章の原典は要検証」と示すのが適切です。

阿部の学問観を一次的な資料から知りたい場合は、講談社『「教養」とは何か』の書誌や、学術誌に掲載された阿部本人の講演「教養とは何か」を確認できます。ただし、これらの資料に問題の全文が載っていると確認したわけではありません。

詩の背景を、現代の教育標語だけに閉じ込めない

「ストラスブール大学の歌」は、第二次世界大戦期のフランスにおける大学と戦争・弾圧の経験を背景とする詩として紹介されています。単に授業を楽しくする方法を説く言葉ではなく、厳しい時代に教えること・学ぶことの意味を考えさせる一節です。

しかし、作品の細かい成立事情や具体的な事件への言及は、詩集の前後の文章を直接確かめて扱うべきです。ここでは大づかみな歴史的文脈にとどめ、書誌未確認の逸話を作者の経験として作り込まないことを優先します。

当サイトにはアラゴンの詩句そのものを解説した別記事もあります。こちらは作品を中心に扱う記事であり、本記事は阿部謹也への帰属の混同を訂正する役割に絞ります。

まとめ|詩句の作者と、それを引用した人は違う

「教えるとは希望を語ること」という核になる言葉は、図書館がアラゴンの「ストラスブール大学の歌」の邦訳に確認しています。阿部謹也本人が考案した格言として示すのは不正確です。

ただし、「ともに」を含む流通形や、阿部による「今ほど必要な時はない」という後半の一文の逐語的な出典はまだ確認が必要です。判定は「核になる詩句はアラゴンに帰属/阿部自身の前後文と『ともに』の由来は要検証」とします。

資料:島根県立図書館のレファレンス事例(詩・邦訳・p.151)、恵庭市立図書館の事例、阿部謹也『「教養」とは何か』書誌。図書館の事例は邦訳資料の所在を確認していますが、今回フランス語原文の版面と阿部の対象文章の原本は独立に確認できていません。

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