有森裕子「できるときに、できることを、できる範囲で、できるだけやる」|出典を検証

はじめに

「できるときに、できることを、できる範囲で、できるだけやる」。有森裕子の名で知られるこの言葉は、努力を増やすことだけでなく、今の条件を見極めることも考えさせる。「できる範囲で」という留保が、この一節の大切な部分だ。

時間が足りない日、体調が優れない日、予定が変わった日。やりたいことがあっても、同じ量をいつでもこなせるとは限らない。行動できる条件は一日ごとに変わり得る。

ただし、本人の著書やインタビューのどこにこの文章があるのかまでは、今回直接特定できていない。流通例があることと、逐語的な出典が確定していることは別だ。

どの資料で引用されているか

2020年に公開された東陵高校テニス部のブログ記事では、この文章を有森裕子の言葉として引用し、日々の練習の大切さを語っている。少なくともその時点の流通例を確認できる。

また学校や運動部など、頑張ることを考える場面で引用されることがある。ただし、部活動の文章は引用の初出ではなく、後にその言葉を使用した記録である。

公式プロフィールで確認できる有森本人の別の信条については後述する。近い意味の公式資料を見つけても、この引用そのものの原典確認に代用しない。

「できるとき」と「できること」を分ける

まず「できるときに」は、自分が取り組める時間や状況を見つける発想として読める。理想的な条件が整う日を待つより、今ある機会に目を向ける。一度できなかったことを、永久にできないと決めつけないという読み方ができる。

「できることを」は、望みの大きさと実際の行動を分ける考え方だ。何かを全部達成できなくても、準備を一つ進めることはできるかもしれない。目標を小さな行動へ分けることは現実的な工夫になる。

ただし、小さく進めることが常に正解とも限らない。慎重な判断や十分な休息が必要な場合もある。状況を確かめることそのものも、次の行動を選ぶ材料になる。

「できる範囲で」は無理を否定する留保

この表現を単なる根性論と読むと、「できる範囲で」という言葉を見落とす。人には時間も体力も、家庭や仕事の責任もある。自分の条件を無視しないことが大切になる。

例えば疲れている日に新しい勉強を長時間続けることより、休んでから必要な部分を確認した方がよいこともある。休息を怠けと決めつける必要はない。

他の人へこの言葉を投げかける場合も注意したい。「できる範囲」は本人の事情によって違う。第三者が一律に努力量を決めるための標語にしないことが大切だ。

最後の「できるだけやる」をどう考えるか

最後の言葉は、何もしないまま諦めるのではなく、今できることを試してみるよう促す表現として読める。条件を踏まえながら、選んだ行動へ取り組むという意味がある。

ただし、結果が思いどおりにならないことはある。努力量だけで成果が決まらない場合も多い。できるだけ取り組んだことと、結果を完全に支配することは違う。

失敗した日があっても、何が障害だったかを考え、次はやり方を変えることができる。「努力したか」を自分を責めるための採点にしない姿勢も重要だ。

本人の公式な信条と混同しない

有森裕子のマネジメント会社animoは、本人の信条として「二度とやってこない一瞬一瞬を精一杯に生きること」を掲載している。こちらは公式プロフィールで直接確認できる表現だ。

この公式の信条を扱う別記事と、今回の言葉は時間や行動への関心という点では近い。しかし、二つが同じ発言から生まれたと確認できたわけではない。

言葉同士を比較することは読者にとって役立つが、その際も根拠の確度を分けるべきだ。似ていることと、同一の出典を持つことを混同しない。

出典の判定とまとめ

今回確認できたのは、有森裕子名義での二次的な流通例であり、本人の原著・講演・取材における初出は未確認である。したがって出典状態は「要検証」とする。

この一節は、できることを一つずつ考える助けになる。しかし、努力すれば必ず結果が出るという法則ではない。自分の環境と選択できる行動を分けるための言葉として受け止めたい。

大きな目標を前にしたとき、今は何ができるか、何を休ませるべきかを確かめる。できる範囲を見誤らずに、自分なりの一歩を選ぶことを考えたい。出典状態の基準は出典ステータスの読み方にまとめている。

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