井上陽水「100書いて一つ」|娘・依布サラサへの作詞助言と『長い猫』

「100書いて一つ」の助言は、誰に向けられたのか

「100書いて、いいのが一つあるかどうか」。井上陽水の言葉として紹介される短い一節は、大量に作れば自動的に品質が上がるという作業論のように読める。しかし、この言葉の伝え手は娘で作詞家の依布サラサであり、父から作詞の相談を受けた際の会話として紹介されている。

出典候補は2009年12月24日発売の『別冊カドカワ 総力特集 井上陽水』(KADOKAWA、ISBN 9784048950657)。掲載企画は依布サラサが父を語る「私の知っている陽水」。歌詞がうまく書けないという娘の話を受け、井上がよい歌詞とは何かを考えながら助言したという。不特定多数の人に向けた講演ではなく、家族間の具体的な創作相談だったとされる。

ただし今回直接読めたのは、2017年に同書の当該箇所を紹介した読者のブログと、書店による2009年の書誌である。雑誌の現物、頁、会話の正確な表記は照合していないため、発言の方向性を理解する資料と、一字一句の確証を区別する必要がある。

書く量だけでなく、「引っ掛かり」が大切だった

娘の証言を紹介したブログでは、井上がたくさんの歌詞を書いてみるよう勧めた後、並んだ文章の中に、見た人がこれは何だろうと立ち止まるような「引っ掛かり」が必要だと付け加えたという。短い名言として流通する形には、選ぶ側の目と受け手への意識が抜け落ちている。

どれほどたくさん書いても、ありきたりな表現ばかりなら印象に残りにくい。逆に奇妙な言葉を並べれば必ずよい作品になるというわけでもない。何か気になる、先を知りたいという感覚と、歌全体の流れがつながって初めて表現になる。数を出す段階と、伝わる言葉を選ぶ段階は、異なる仕事である。

「100」という数字も、百編を書けば必ず一つ成功するという測定結果ではない。むしろよい歌詞が生まれる難しさを伝える、会話の中の大げさな比喩と読む方が自然だろう。創造性の成功率が一パーセントだという統計的主張へ変換しないことが大切だ。

「長い猫」という言葉は、どう生まれたか

依布サラサと井上陽水は、後に「長い猫」という曲を共同で作った。ソニーミュージックによる依布の公式プロフィールは、父との何気ない会話から生まれた詩に曲がついたことが、彼女の作詞活動につながったと紹介している。家族の会話から具体的な作品が生まれ、作詞家としての一歩になったことを確認できる。

『別冊カドカワ』の該当箇所を紹介する読者ブログには、井上がマネージャーに形容詞を、娘に名詞を考えてもらったところ、意外な組み合わせが生まれたとする続きもある。「長い」と「猫」の結びつきは、普通なら使わない表現が聴き手に疑問を起こす例として説明されている。たくさん作ることと、意外な組み合わせを見つけることが一つの会話の中でつながっていた。

ただし、このエピソードを万能の作詞方法として一般化することはできない。誰かに形容詞と名詞を出してもらっても、いつも良い曲ができるわけではない。普段なら結び付けない言葉をいったん候補に残し、その面白さを吟味するという一つの創作例として考えたい。

多作を称えることと、無制限に働くことは違う

名言を「良いものができるまで、とにかく書き続ければよい」と読んでしまうと、疲れや限界を無視した努力礼賛へ傾きやすい。しかし娘への助言は、書き始める前から完璧な歌詞を求めすぎないための言葉だったと読める。最初の一行を完成形にしようとして手が止まるより、未完成の候補をいくつか試すという考え方だ。

試した後には、どの候補が自分の考えを表しているか、どの表現が聴き手に残るかを選ぶ必要がある。候補を増やした事実それ自体は作品の完成ではない。選び直すこと、直すこと、捨てることにも技術がいる。量と質の関係を、単純な自動変換ではなく選択の過程として考えるのが適切だろう。

仕事や執筆に引き寄せるなら、見出し案を複数作り、実際に何を伝えているか読み返す方法が考えられる。ただし、危険を伴う実験や他人の権利に関わる発信にまで、量を出してから考えればよいと適用するべきではない。試せる範囲を見極め、候補を吟味することも創作の責任である。

伝聞の出典を残し、創作の文脈を回復する

短い名言の帰属を考えるうえでは、誰が発言を記録したかが重要だ。今回の言葉は、本人に直接取材した新聞の逐語記録ではなく、娘が父との会話を振り返った文章として紹介される。娘の証言、雑誌への掲載、後年のブログへの転載という複数の段階を通っている点を明示する。

書籍の発行情報は丸善ジュンク堂『別冊カドカワ 総力特集 井上陽水』、娘の証言を紹介した箇所は読者による2017年の掲載紹介を参照した。ソニーミュージックの依布サラサ公式プロフィールでは共同作「長い猫」の経緯を確認できる。後二者は同じ出典を直接証明する資料ではなく、異なる事実を支える補助資料である。

2019年には依布自身が日刊スポーツの本人取材で父の独特な言葉の発想を語っている。しかし、この取材に問題の「100書いて」の逐語文言が載るわけではない。書く数の話に加え、誰かの目を止める言葉を見つけるという後半の助言まで含めて、作詞の難しさと面白さを伝えたい。

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