井上陽水「歌を聴いて悩むのも娯楽」|2014年『氷の世界』取材の音楽観

「歌を聴いて悩むことも娯楽」は、どこで語られたか

「歌を聴いて悩むこともまた娯楽」。井上陽水のこの考え方は、難しいことを考えるくらいなら歌を気楽に楽しもうという勧めではない。むしろ、歌を聴きながら考え込むことも、聴き手が自由に楽しむ経験の一部だという、少し意外な芸術観である。

出典は2014年5月24日のオリコンニュースによる井上陽水本人へのインタビュー。名盤『氷の世界』の発売40周年を機に、忌野清志郎との共作の思い出や、当時の歌作りについて語った。単独で発した人生訓ではなく、歌の背後にある社会観や主張を問われた流れでこの考えを示している。

旧記事には、歌が人の心を癒やす処方箋だとするような解説があった。しかし、井上は治療や心の健康について一般的な効果を主張してはいない。むしろ作り手が聴き手へ何を主張し、どこまで説明するべきかという、表現の自由と受け取る自由の関係を語っている。

『氷の世界』と忌野清志郎との共同制作

インタビューが行われた2014年は、1973年のアルバム『氷の世界』から約40年が経った時期だった。陽水は当時の録音を振り返り、現在ほど編集が自由ではない機材環境の中で、一回ごとの演奏に緊張感があったと語っている。制約があったからこその工夫が制作を形作ったという記憶だ。

同じ取材では、『氷の世界』に収録された忌野清志郎との共作曲「帰れない二人」の制作過程にも触れる。中野のアパートで二人がギターを持ち寄り、言葉を交互に考えながら歌を作ったという。一人の天才が完成した思想を歌に変換したわけではなく、偶然の会話と共同作業から表現が生まれたことが分かる。

陽水は、思い出を語りながら当時の細部をすべて覚えているわけではないとも断っている。これは重要な留保だ。40年前の創作についての本人の回想も、記憶に基づく証言という性質を持つ。取材で語られたことと、1973年の制作現場を直接記録した資料は別として受け止めたい。

主張する代わりに、解釈できる余白を残す

オリコンの聞き手は、陽水の歌が時代の表と裏を描きながら、何かの政治的主張だけを背負っているわけではない点を話題にした。それに応じて本人は、強い主張を説明しきることと、歌を作ることの違いを語っている。歌は結論を押し付けるための論文ではない、という比較だ。

これは、歌の中に思想や社会への目線を入れてはいけないという意味ではない。社会を批判する歌も、心の痛みを描いた歌も存在する。陽水が重視したのは、聴き手が異なる考え方から作品へ入り込み、そこに自分の意味を見いだせる余地を残すことだった。作者の思いを一つに固定しない余白が、作品の魅力になる。

たとえば同じ曲を聴いて、ある人は懐かしいと感じ、別の人は皮肉を感じ、また別の人は意味が分からず考え込むかもしれない。誰かが正しく、ほかの人は間違いだとすぐに決める必要はない。解釈の違いを楽しめること自体が、歌を聴く経験の豊かさなのだろう。

悩むことを楽しむとは、苦しみを美化することではない

言葉をそのまま受け取ると、悩むのも楽しめるのだから苦しいときも我慢しなさいという話に聞こえるかもしれない。だが、井上の発言は音楽の鑑賞についてのものであり、生活上の痛みや深刻な問題を軽視する話ではない。歌の意味を考える楽しさと、現実の苦悩の重大さを混同しないことが必要だ。

聴き手が歌に引っ掛かる言葉を見つけ、自分の過去を思い出したり、作者はなぜこんな表現を選んだのかと考えたりする。答えが決まらない状態を楽しめるのは、鑑賞する人に自由があるからだ。謎を解いて終えるだけが作品との付き合い方ではないということだろう。

一方で、すべての芸術作品に深い意味を見つける義務もない。メロディーが好きだから聴く、声の響きが心地よいから聴くという人がいてもよい。何を受け取るかを作者が一方的に指定しないという考え方は、気軽な楽しみを否定しない。

原文と同じ取材から生まれた言葉

井上は同じ2014年の取材で、異なるイデオロギーや価値観が入り込める余地を残したいと述べた。ここから、「娯楽」という言葉を内容の軽さではなく、読み手や聴き手が自由に関わるための開放性として解釈することができる。作品を思想の宣伝へ変えすぎないための態度でもある。

出典はオリコンニュース「井上陽水が語る、忌野清志郎さんとの共作秘話」(2014年5月24日)。同じ本人取材はオリコンの特集ページでも公開されている。どちらも同一取材を掲載した資料であり、独立した二つの証言として数えることはできない。

当サイトの「あらゆる価値観の入り込む余地」についての記事も、同じ取材内で続けて語られた発言を扱う。二つを読めば、歌に意味がないという話ではなく、意味を一つに決めつけないために表現が持つ自由が見えてくる。

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