いわさきちひろ「失敗をかさね、冷汗をかいて」|1972年「大人になること」の原文

「冷や汗」の言葉は、1972年の随筆の途中にある

「失敗を重ね、冷や汗をかいて、少しずつものが分かってくる」。この言葉は、いわさきちひろの人生論として紹介されてきた。しかし、原文をたどると、努力すれば成功するという励ましより、若かった自分を振り返ったときに感じた複雑な気持ちを説明する箇所に置かれている。

原典は、至光社『ひろば』53号(1972年4月)掲載の「大人になること」。ちひろ美術館が公開する全文では、当時の自分がまだ立派な人間になったわけではない、と先に断ったうえで、二十年以上の地味な苦労と試行錯誤を回想する。「少し分かりかけた」と言う謙虚さは、完成を宣言しないところにある。

なお、流通する「失敗を重ね」「冷や汗」という表現に対し、美術館掲載文の表記は「失敗をかさね」「冷汗」である。句読点にも違いがあるため、この記事は原典の掲載場所を明記し、長い本文の転載ではなく、要点を説明する形で扱う。

なぜ若いころに戻りたくなかったのか

ちひろは、若いころに絵や音楽やスポーツを楽しめる生活を送ったことも認めている。それでも娘時代を理想の時代とは考えなかった。両親が生活を支える苦労を理解できず、人に失礼なことをしても気づかず、周囲に流されていた自分を記憶していたからだ。

ここでいう「成長」は、絵が上手になったことだけではない。自分の未熟さや、周囲の人が担っている負担に気づくようになった変化も含んでいる。若い日の美しさを惜しむより、多少不格好でも考え方が変わった今の自分を大切にしたかったのだろう。

だからこそ、苦労した年数を勲章のように掲げていない。ちひろは苦労を経た自分でさえ、なお完全ではないと書いている。前よりましになったという控えめな判断を出発点にしている点が、一般的な「失敗は成功の母」と異なる。

失敗は、いつでも成長の材料になるのか

人は失敗すれば必ずよくなるわけではない。似た間違いを繰り返すこともあれば、傷ついて立ち直る時間が必要になることもある。つらい経験自体に自動的な教育効果がある、と断定することはできない。原文も、苦労しさえすれば誰もが成熟すると一般化した文章ではない。

ちひろが述べたのは、自分の仕事と生活の中で、恥ずかしい経験を何度も重ね、振り返るうちにようやく見えるようになったことがある、という実感だ。その意味では、失敗の数より、何に気づき、どう他人への接し方を変えたかに目を向けたい。

ただし、本人が経験した「二十年以上」という長さを、誰もが耐えるべき期間として真似する必要もない。仕事を続けるか、方向を変えるか、助けを求めるかは状況によって違う。ここでの教訓は、過去の自分を完成形と考えず、経験から学ぶ余地を残すことにある。

家族への見方が変わったことも大きかった

この随筆の結末は、技術の上達や仕事の達成についてではない。ちひろは、若いころには親の欠点が許せなかったことを思い返し、その後、自分の息子や夫、病気の母を大切に思う立場になったと語る。成熟の実感は、家族との関係をどう捉えるかという変化にも表れていた。

この部分を抜きにして「冷や汗」の一節だけを示すと、精神論になりやすい。ちひろが語った大人になることは、立派な成果を世間に示すことというより、自分から他者を大切にしようとする態度が生まれることだった。

もちろん、この一人の画家の暮らしを唯一の理想の家族像として受け取る必要はない。人の成熟にはさまざまな形がある。ちひろの回想から考えられるのは、自分にとって重要な人間関係が時間とともにどう変わったかを問い直す視点だ。

同じ随筆から生まれた別記事との違い

当サイトには、同じ「大人になること」の後半に出てくる、やりかけた仕事を一歩ずつ進めるという趣旨の一節を扱った別記事もある。二つは別々の講演や名言ではなく、同一の随筆の連続した箇所である。このページは失敗と自己理解に焦点を当て、別記事では仕事を続ける意味と年齢観を詳しく扱う。

全体像を読むには「やりかけた仕事を一歩ずつ」についての記事も参照してほしい。一節だけに頼らず、前後の文章を比較すると、失敗を通じて変わった人が、未完成の仕事をどう続けていくかという流れが見えてくる。

参照した原文はちひろ美術館「大人になること」。同館が示す出典は『ひろば』53号(至光社、1972年4月)。今回直接照合したのは美術館の公開テキストであり、当時の雑誌現物の紙面や異版による差異までは照合していない。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。