いわさきちひろ「いつも自分の子どもを描いていた」|1969年『わたしのえほん』の創作秘話

描かれた子どもに、息子の成長が重なっていた

いわさきちひろは、自分の描く子どもたちについて、自由に描くよう依頼されたときには、いつの間にか自分の子どもの姿が入り込んでいたと振り返る。この一節だけを読むと、母親の愛情が自然に表れたという美談にまとめたくなる。しかし原文には、絵を見た知人が息子の成長を言い当てるという、具体的で少しユーモラスな出来事が語られている。

ちひろは赤ちゃんから幼児へ、さらにランドセルを背負う子へと、描く人物の年齢を変えていった。息子の暮らしを知らない友人にも、いつ学校へ入ったか、何をできるようになったかが絵から伝わったという。子どもが成長するにつれて、画家の目にとまる姿も変わったのだろう。

ただし、自分の息子をそのままそっくり写したという意味ではない。ちひろは男の子をモデルにしながら、ときには少女の姿に変えて描いたとも説明する。自分の生活で見た動きを、創作の中で別の人物へ作り替えていた。ここが、単なる親子の思い出話と、絵本画家の表現の工夫をつなぐ部分だ。

出典は1969年『わたしのえほん』

ちひろ美術館の公式ページ「ちひろのことば」では、この回想を『わたしのえほん』(みどり書房、1969年)から紹介している。会話形式の短い導入に続き、何年もの間、子どもの成長が絵に表れていたという話が載る。作品と家族の関係を、本人が自分の文章で確かめている資料だ。

原文では、知人が広告の絵を見て子どもが学校へ入ったことに気づいたエピソードが語られる。絵を見る相手は、本人がどんなモデルを用いたか知らない。それでも成長の跡を読み取れたというのだから、描く側が思っている以上に、日々の観察が画面へ残っていたのだろう。

もっとも、引用のなかに出てくる「無意識」を、心理学や精神分析の厳密な概念へ飛躍させる必要はない。ちひろ自身は、あとで自分の絵を振り返ってみて気づいたという話をしている。意図的に記号を仕込んだわけではない、という日常的な意味として読む方が自然だ。

モデルが男の子でも、絵の人物は女の子になれる

興味深いのは、ちひろがモデルの性別をそのまま固定しなかったことだ。男の子の息子をもとに、女の子を描いたこともあったという。子どもの姿を観察する一方で、その姿を自由に変形する。観察と想像が、一枚の絵の中で互いに働いている。

たとえば何かに夢中になって身を乗り出す動作は、特定の一人の子にだけ当てはまるものではない。画家は身近な子どもの姿に触れながら、さまざまな読者が自分のこととして受け取れる子どもの姿へ広げていける。こうした読みは編集上の解釈だが、身近な観察が個別の記録から普遍的な表現へ変わる可能性を考える入口になる。

また、描かれた子をいつも実在の息子と同一視するのも行き過ぎである。原文が示しているのは、生活から得たイメージを画家が創作に使ったということ。作品そのものは現実の人物と完全には重ならない独立した表現として見る必要がある。

息子が成長した後、表現の対象はどう変わったか

この回想が書かれたころ、ちひろの息子は17歳になっていた。彼女は、もはや息子を幼い童画のモデルにすることは難しいと感じながら、若い人へ向けた大人の絵本を描き始めたと話している。家庭の時間の変化が、描く作品の変化と重なっていたところが面白い。

もちろん、すべての作家が自分の家族を作品に登場させるわけではないし、家族を持たなければ子どもを描けないわけでもない。ちひろの場合、身近にいる子どもの成長が観察と構想に影響していた。その経験を、一般的な創作の絶対条件と取り違えるべきではない。

読者が自分の仕事へ引き寄せるなら、日々見慣れたものほど、変化に気づきにくいという問いが残る。いつも同じように見える街並み、人の話し方、生活の時間。慣れた風景にある小さな変化が、思いがけない着想を生むこともある。これは本人の証言をもとにした現代的な解釈だ。

出典・関連資料とまとめ

原文の主な根拠はちひろ美術館公式「ちひろのことば」の「家族」の項目。『わたしのえほん』(みどり書房、1969年)という掲載元も明記されている。今回照合したのは美術館による公開掲載文であり、当時の書籍現物そのものではない。

「いつも自分の子どもを描いていた」は、母性愛だけを語る抽象的な一文ではない。息子が成長するにつれて描く年齢が変わり、時には女の子の姿へ変えられたという具体的な制作の回想である。身近な子を観察しながら、実際の息子とは別の絵を描くところに、ちひろの創作の魅力がある。

関連して、息子と夫の足音を聞く1958年の文章、幼いころの絵本を振り返る1968年の文章を読むと、家族と暮らす時間、子ども時代の記憶、画家として描く行為が互いに影響し合う様子が見えてくる。

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