無料や低価格のゲームが増えたとき、価格で競うべきか、それとも違う遊びの価値を示すべきか。岩田聡さんが任天堂の経営で向き合ったテーマの一つです。「異質なものを提案して価値を認めていただけるかどうか」という言葉は、価格の安さだけでは測れない娯楽の魅力を考える入口になります。
ただし、旧記事は「ゲームソフトのデフレ」を一般的な値下げ競争として説明し、WiiやDSとの因果関係まで断定していました。この長い流通文言の一字一句の初出は、現時点で特定できていません。そこで、確認できる岩田さん本人の任天堂公式発言と、二次資料での流通を分けます。
名言の流通は2011年に確認できるが、原発言の日付は未確定
2011年のビジネスコラム「任天堂の突破力 『3DS』はスマートフォンを超えるか」には、岩田さんの名義で「ゲームソフトのデフレへの対応」「異質なものを提案して価値を認めてもらう」という趣旨の文言が紹介されています。少なくとも2011年にはこうした形で流通していたことが分かります。
しかし、このコラムは任天堂による本人発言の逐語的な公開記録ではありません。元となった講演や決算説明会の特定、引用の省略や編集の有無については、2011年の紹介だけでは判断できません。本記事では、流通文言の初出を本人の直接発言として確定したとは扱いません。
2010年、岩田はデジタルコンテンツの「価値のデフレ」をどう説明したか
任天堂公式「2010年5月7日 決算説明会・質疑応答」では、岩田さんが無料ゲームや非常に安価なゲームの普及を、デジタルコンテンツの価値が低く見られやすくなる環境として説明しています。論点にはソーシャルゲームだけでなく、海賊版による価値の毀損や、娯楽体験に適正な価格を認めてもらうことが含まれます。
つまり、これは「ほかの会社が値下げをしたら自社も値下げをすべきか」という単純な問題ではありません。何に対して利用者が価値を感じ、どのような価格を受け入れるかという、体験の設計と市場認識の問題も含まれています。
2011年、本人は「無料ゲームの質が低い」とは言っていないと補足した
2011年4月26日の任天堂公式質疑応答で、岩田さんは、以前のGDCでの発言を「量と質の対立」「スマートフォンやソーシャルゲームは質が低いという批判」と解釈されたことについて、その理解は自分の意図と違うと説明しています。
本人が重視していたのは、デジタル流通の普及によって娯楽コンテンツの価値が低く評価されやすい状況の中で、ゲーム産業として価値を維持できるか、という問題でした。ここを無視して「高価格な商品が優れ、安い商品が劣る」と読むのは誤解です。
2013年にも、独自の体験と価格の関係を説明している
2013年10月31日の任天堂公式質疑応答では、デジタル商品の価格が下がりやすいこと、パッケージ版とダウンロード版の価格設定、無料や定額サービスによって製品価格の見え方が変わることを説明しています。
同じ説明では、ゲーム市場の中で大ヒット作品と中規模作品の間に差が広がる傾向や、独自の価値を伝えられるかという課題にも触れています。ただし、ある商品の売上が伸びた原因を、岩田さんの発言だけで一つに決めることはできません。WiiやDSの販売実績を、この一文の直接的な成果だと断定するのも避けます。
「異質」とは奇抜さではなく、誰かに認められる違い
この言葉を戦略として読む場合、「他社と異なるものを作った」という自己評価だけでは不十分です。違いがあっても、それを利用者が魅力と感じなければ価値として成立しません。その意味で、目新しさと顧客に認められる体験は別のものとして捉えられます。
一方、すべての企業が常に斬新な商品だけを出すべきだという結論にもなりません。品質、使い勝手、価格、手間、継続的なサポートなど、何が独自の価値になり得るかは顧客と利用状況によって異なります。
BtoBマーケティングへの応用:機能比較から利用価値の比較へ
例えばBtoBのクラウドサービスを紹介するとき、競合と同じ機能一覧を並べるだけでは、「なぜそのサービスを選ぶのか」が伝わりにくいことがあります。しかし独自機能を強調しても、顧客が利用する条件や制約が分からなければ選定に役立ちません。
- 比較の前提:どの顧客が、どんな業務や課題を抱えているのかを特定する。
- 違いの意味:独自の技術や体験が、顧客の判断にどのような違いをもたらすかを書く。
- 価格と価値:価格だけでなく導入負荷、運用費、継続性、リスクも比較する。
- 確認可能な証拠:仕様、制約、実例、比較条件などを示し、未検証の差別化主張は分ける。
ここで示した手順は岩田さんが企業向けITの販売について語ったものではなく、公式の発言を参照した編集上の応用です。価格差や差別化が必ず事業の成功につながるという保証でもありません。
関連する岩田聡の言葉
「名刺では社長、心はゲーマー」には2005年GDCでの発言が残っています。また、「ゲームらしいゲームができた」では、初代『大乱闘スマッシュブラザーズ』の試作と初期評価を扱っています。いずれも価値の伝わり方を考える材料ですが、発言の対象作品や年代は混同しないでください。
出典・判定
判定:流通文言は2011年の二次資料で確認/一字一句の本人原典は要検証。 一方、2010年、2011年、2013年の任天堂公式質疑応答によって、岩田さんがコンテンツ価値のデフレや価格に関して繰り返し説明していたことは直接確認できます。似た思想であっても、2010年の文章を流通文言そのものの原典として扱いません。
資料:2011年の流通例「任天堂の突破力」(二次資料)、任天堂2010年5月7日質疑応答、2011年4月26日質疑応答、2013年10月31日質疑応答。当サイトの出典監査ガイド。
