岩田聡さんの「プログラマーはノーと言ってはいけない」という言葉は、新しいものを作る姿勢として知られています。しかし、これを「どんな要望にも従うべきだ」と読むと、岩田さん自身が説明した意味とは反対になります。
旧記事は、困難な要求にも「ノー」と言わず挑戦することを強く勧めていました。ところが本人は、この言葉が一人歩きしていることを気にかけ、本当にできないことはできないと言わなければならないと補足しています。
1999年の糸井重里による紹介で語られていたこと
ほぼ日刊イトイ新聞「糸井重里の脱線WEB革命」(1999年1月23日)は、岩田さんの言葉として「プログラマーは、ノーと言ってはいけないんです」と紹介しています。そこでは、プログラマーができないと即答すると、企画する人が新しいアイデアを出しにくくなる、という説明が続きます。
この文章は岩田さんの考え方を伝える早期の資料ですが、当日の対談の完全な逐語録とは限りません。少なくとも1999年には、開発側が創造の可能性を最初から閉ざさないという文脈で紹介されていたことが分かります。
本人は後に「できないと言う必要」も明言した
『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(ほぼ日、2019年刊)の無料公開された第三章「『プログラマーはノーと言ってはいけない』発言。」では、岩田さん自身が、その言葉には誤解を招く面があると説明しています。
アイデアを軽々しく否定しないことは大切です。一方で、開発には人員、性能、費用、期間などの限られた条件があります。可能であっても別の要求と両立しないなら、何が犠牲になるのかを関係者で理解し合うべきだ、というのが本人の説明です。「ノーを言わない」ことと、「無条件にイエスと言う」ことは同じではありません。
書籍は過去の発言を編集・再構成したものです。ここに載っていることだけで元発言の日時がすべて特定できるわけではありませんが、本人が述べた留保条件を確認できる点で重要です。
任天堂の『星のカービィ Wii』ではどう現れたか
任天堂「社長が訊く『星のカービィ Wii』」第2章には、四人同時プレイという技術的に難しい仕様に取り組んだ経緯が残っています。企画側は、開発側から実現できないと言われれば断念する考えも持っていました。一方、担当者は検討したうえで可能だと応じた、と対談で説明されています。
この事例で大切なのは、成功したから何でも引き受けるべきだという結論ではありません。企画の望みと実装上の制約を話し合い、成立する条件を探ったことです。可能性を探る前から拒まない態度と、無理な要求を拒む判断は両立します。
開発・BtoBマーケティングの現場への応用
たとえば営業やマーケティングから「来週までに新機能を実装できないか」と相談されたとします。最初から拒否すると小さな代替案まで消えかねません。しかし安全性や品質を無視して実現を約束することも、顧客や開発チームに不利益を生みます。
- 目的を確認:本当に必要なのは機能か、それによって顧客が得たい結果か。
- 可能な範囲を探る:小さな試作、機能限定版、既存の仕組みを使った代案を検討する。
- 制約を説明:工数、納期、性能、セキュリティ、権利など、成立条件を具体化する。
- 交換条件を示す:実現するなら何を延期し、何を省き、何は保証できないかを共有する。
- 必要なら断る:危険、不正、成立しない約束を「ノー禁止」の名で受けない。
これは岩田さんが示した公式の手順ではなく、原典に基づく編集上の応用です。無理な納期、無償の追加作業、長時間労働を正当化するものではありません。
名言の文言と出典の判定
判定:本人発言確認済み/流通する言い回しに差異あり。核となる言葉は1999年の掲載資料と後年の本人発言集で確認できます。旧記事の「ノーと言っちゃいけない」「どんな困難な要求でも」という表現全体については、今回確認した資料の一字一句の原文として扱いません。
主要出典:ほぼ日刊イトイ新聞(1999年)、『岩田さん』無料公開第三章(2019年刊)、任天堂「社長が訊く『星のカービィ Wii』」第2章。
関連する岩田さんの別の言葉は「名刺上は社長、頭の中ではゲーム開発者」の記事でも扱っています。各記事の出典確認は独立して行います。出典の判定方法は出典から名言を探すをご覧ください。
