「逃げたくなることもある」の逐語初出は未確認
「逃げたくなることもありますよ。でも、終わるころにはまた踊りたくなるんです」。上野水香の言葉として流通するこの一文は、苦しくても続ければ必ず気持ちが回復するという約束ではない。舞台を愛する気持ちと、舞台に向かうまでの厳しさが同じ人の中に共存するという、職業上の矛盾を考えるきっかけになる。
しかし、この二文が一続きで掲載された最初の取材記事や録音は確認できていない。一方、2022年のタイムアウト東京による本人取材では、バレエの世界は厳しく、辞めたいと思うことも繰り返しあると率直に語り、それでも踊ることで得てきた幸せについて説明している。言葉の中核に近い本人証言があることと、流通文の逐語初出が確定したことは別である。
旧記事はこの文章を「どんな苦難も耐えれば次の喜びが訪れる」という人生訓へ変えていた。しかし、本人の仕事内容や状況を知らないまま、他人へ同じ忍耐を求めるべきではない。つらい仕事を続けるべきかどうかは、安全や健康、本人の意思と切り離して考えられない。
舞台を降りたいと思うことと、踊りを好きでいること
2022年のタイムアウト東京のインタビューで、上野は数十年にわたって踊ってきても、努力が報われないことや先の見えない不安があると語った。東京バレエ団の定年が近づき、コロナ禍も重なった時期には、進む道が見えるようで見えない感覚もあった。好きな仕事を選んだ人も、将来への不安から自由ではない。
同じインタビューでは、バレエから離れた方がよいのかと思うと、新しい出演の機会に出会うことがあったとも振り返る。これは本人の経験の説明であり、「辞めたいと思った直後に必ず幸運が訪れる」という法則ではない。自身の進路を迷いながら、実際に目の前に現れた機会をどう受け止めたかが重要だ。
2023年にはバレエ団のプリンシパルとしての立場を終え、ゲスト・プリンシパルとなった。所属と活動の形が変わっても、踊り続ける道は残った。従来とまったく同じ立場を守ることだけが継続ではなく、役割を変えて続ける方法もあると分かる。
2025年の苦しい時期を支えた共演者と観客
2026年1月に東京バレエ団が公開した本人インタビューでは、前年の2025年にほぼ毎月の舞台へ出演した一方、個人的にも苦しい時期があったことが語られている。なかでも自主公演〈ジュエルズ・フロム・ミズカ〉の準備中は、気持ちの面で厳しい局面があったという。外から見える華やかな公演の数だけでは、作り手の状況を判断できない。
そのとき出演する仲間たちが、稽古の開始時期を尋ねて声をかけてくれたことが、本人には大きな支えになったと振り返っている。さらに公演の最後、客席から大きな拍手が送られ、まだ自分は踊れると思えたという。気持ちを立て直す契機が、一人の気合いではなく、共演者や観客との関係にあった点は重要だ。
ただし、一つの公演の成功によって苦しい状況がすべて解決したと推測してはいけない。本人が語ったのは、その時期の仕事と感情の経験である。誰かの助けが大切だったという事実を、助けさえあればどんな問題も解決するという断定に変えないようにしたい。
好きだからこそ「続けない」という選択も必要
好きな活動でも、けがや体調不良、安全上の問題があれば休む必要がある。舞台芸術は身体を使う仕事であり、限界を無視することが優れた芸術につながるとは限らない。大切な仕事と長く関わるために、いったん距離を取る判断もあり得る。
上野は2026年1月の本人取材で、バレエが仕事の中心にあることを認めながら、旅行やリラックスできる時間を持ち、人間として豊かでありたいとも語っている。踊り続ける意欲と、休息の必要性は対立しない。舞台へ戻りたいと思うために、離れる時間が役立つ場合もあるだろう。
また、誰にでも同じ仕事への愛着が生まれるとは限らない。今の仕事から離れた人や別の夢を選んだ人を、努力が足りないと判断するのは不適切だ。本人が踊り続けたいと選んだことを尊重するのと同じように、他人が違う道を選ぶ自由も尊重したい。
続ける原動力は、どこにあるのか
2026年3月のCREAの本人取材では、自分が踊ることで人が笑顔になったり、楽しんでくれたりすることが、長く踊り続ける力になったと話している。技術の限界や年齢と向き合いながらも、舞台で誰かへ何かを届けたいという関心が残っている。続ける理由を自分の経歴や栄誉だけではなく、観客との関係に見いだしている点が特徴だ。

バレエと将来への葛藤は2022年タイムアウト東京の本人取材、2025年の苦しい公演準備と共演者の支えは東京バレエ団の2026年1月インタビュー、長年の原動力はCREAの2026年3月本人取材で確認できる。複数の取材は異なる年月の出来事を記録しており、冒頭の短文と同じ場面の逐語発言ではない。
関連記事の「今を生きる」では先の見えない舞台人生を、「練習を重ねれば緊張が力になる」では身体と準備を扱う。本記事が考えるのは、苦しい気持ちが存在しても、支えてくれる人や作品の魅力によって、本人が次の舞台を選び直すことがあるという実際の経験だ。