江崎玲於奈「失敗から新しい方向へ」|研究の転機と挑戦をどう読むか

「挑戦した結果が失敗であれば、新しい方向へ頭を切り替えることができる」。物理学者・江崎玲於奈の名で流通するこの言葉は、失敗を単に悪い出来事として終わらせず、その結果から次の問いを見つける姿勢を考えさせます。ただし、失敗すれば必ず成長するという法則ではありません。今回は引用の出典を確認し、九州大学が記録した本人の講演内容と、研究現場で何を学ぶかという問題を整理しました。

流通する文章の逐語的な初出は特定できたか

挑戦した結果が失敗であれば、そのことを踏まえて新しい方向へ頭を切り替えることができるという利点が発生します。

この文章はマルチョン名言集・江崎玲於奈や、守谷市立守谷小学校の学校日記(2023年3月12日)にも掲載されています。後者も江崎本人への取材記録ではなく、学校が名言を紹介した資料です。

現時点で、著書のページ、講演録の該当位置、雑誌掲載記事、音声・映像など、この長い日本語の逐語的な初出を直接照合できていません。そのため、流通する文言を本人の完全に確認済みの原文として扱わず、出典ステータスを「要検証」とします。

九州大学の2006年の講演記録に、近い考え方を確認できる

2006年11月15日、九州大学で江崎玲於奈と野依良治の二人を招いたフォーラムが開かれました。九州大学の11月20日付の公式報告は、江崎の講演「自分の限界に挑戦しよう」の要点として、失敗を恐れず、創造力を働かせて立ち直る機会にするという趣旨を明記しています。

【主催大学による記録】九州大学「二人のノーベル賞科学者が若者へ語りかける」。本人の講演とパネルディスカッションの要点が講演者ごとに区別されています。

ここで分かるのは、江崎が実際に、失敗を活用する創造力の重要さを語ったということです。ただし旧記事冒頭の長い名言と同一の一文だと確認できたわけではありません。内容を裏付ける資料と文言の直接の出典を区別します。

失敗に意味が生まれるのは、何を確かめたときか

研究では予想と異なる結果が出ることがあります。それが測定の誤りなのか、材料の状態に由来するのか、これまでの説明が十分でないことを示すのかを検討する必要があります。

最初に期待した結果が得られなくても、何が起こったかを注意深く観察できていれば、次の仮説の材料になる場合があります。反対に、どの条件でどうなったかが分からなければ、後から原因を考えることも難しくなります。

つまり、失敗そのものが財産なのではなく、失敗を調べ直す過程に価値が生まれうるのです。失敗を喜ぶことを義務にするのではなく、実際に得られた情報が何かを確かめることが大切です。

江崎の研究には、予想外の結果を見逃さないという側面がある

科学技術振興機構のScience Portal Chinaで公開された2019年の人物紹介によれば、江崎が半導体を研究していた時代、不純物を含む材料の測定で当初想定していなかった電流の現象が観察されました。江崎は、実験が誤ったとすぐに決めつけず、原因を調べる方向へ研究を進めたと説明されています。

資料:JST Science Portal China「ノーベル賞と日本人(7)江崎玲於奈」。そこでは異常な測定値に着目して負性抵抗やトンネル効果へ迫った経緯が紹介されています。これは後年の科学ジャーナリストの解説であり、当時の実験ノート自体の直接確認ではありません。

研究結果の公的評価は、ノーベル賞公式サイトの1973年物理学賞授賞発表にも記録されています。研究史を紹介する資料と、個々の発言の出典を混同しないことが必要です。

「うまくいかない」と「間違ったことをした」は同じか

研究で仮説が支持されないのは、十分な検討があって初めて分かる事実です。一方、約束を守らないことや、安全上の確認を怠ることは、同じ「失敗」の一語で片付けてよいものではありません。

前者なら、新しいデータとして学べる可能性があります。後者では、原因究明や責任の明確化、被害の回復、安全対策が優先される場合があります。「失敗から学べる」という言葉を、説明責任の回避や、不注意の正当化に利用するのは不適切です。

切り替えることと、同じ問題から逃げることは違う

最初の方法がうまくいかなかったとき、別の方法を試すことは可能です。しかし、どの部分に問題があったのかを確かめずに方向だけ変えても、また同じ困難にぶつかるかもしれません。

「頭を切り替える」という表現から現代の仕事へ応用するなら、結果を記録する、前提を確認する、違う説明を考える、そのうえで次の行動を選ぶという順序が考えられます。これは当サイトが作成した整理であって、江崎が同じ四段階を提唱したという意味ではありません。

2006年の講演では、予期しない発見と鑑識眼も語られた

九州大学のパネルディスカッション記録では、江崎は、研究が計画通り進むこと以上に、予期しなかったものとの出会いが重要な場合があると語っています。その際、何が価値ある発見かを見分ける力が必要だとも説明しています。

ただ偶然に任せるだけでは、情報に振り回される可能性もあります。発見の価値を見極めるためには、基礎となる知識、観察、検証を重ねる必要があるでしょう。

また同じ記録では、江崎と野依の二人の発言が区別されています。別の研究者の発言まで江崎に帰属させないよう、引用の話者を確かめる姿勢が大切です。

「挑戦し続けるべき」という命令にしない

挑戦の機会が得られる状況は、人によって違います。研究設備や資金が足りないことも、生活上の制約があることもあります。困難な状態にいる人へ、いつも新たな挑戦を求めることが助けになるとは限りません。

時には休むことや、ほかの人の支援を受けること、いったん取り組みをやめることも妥当な選択です。失敗から学ぶ可能性を認めることと、どんな失敗も美しい経験として語ることは別でしょう。

「ノーベル賞を取るための五か条」との関係

サイト内の江崎玲於奈「ノーベル賞を取るための五か条」では、本人の著作やJSTの記録から、常識に過度に縛られず、好奇心を保ち続けるという姿勢を紹介しています。

本記事は、挑戦がうまくいかなかった後にどのような判断をするかという問題に焦点があります。似た論点はありますが、異なる発言として記録されている以上、同一の講演の中で語られたと断定しません。

ベルの「踏みならされた道を離れる」と比べる

また「踏みならされた道を離れ、森へ」は、もともとアレクサンダー・グラハム・ベルが1914年に語った言葉を、江崎が後年紹介したものです。

こちらでは、新しいものを観察し、小さな発見を追いかけることが中心となります。「失敗したから何かを学べた」と安易に結論づけず、予想外の現象を丁寧に調べるという点では、二つの記事をあわせて考える価値があります。ただし二つの言葉の作者や初出は異なります。

まとめ――失敗を意味ある情報に変える

「挑戦した結果が失敗であれば、新しい方向へ頭を切り替えることができる」は、江崎玲於奈の名前で流通しています。長い文章の逐語的な初出は未確認ですが、九州大学に残る2006年の本人講演の記録から、失敗を創造力で生かし立ち直るという近い考え方は確認できます。

うまくいかなかったことをただ肯定するのではなく、何が分かったのかを確かめ、必要なら説明や方法を修正する。失敗を次へつなげられるかは、その後の取り組みにもかかっています。

資料・出典状態

【本人の講演を主催大学が報告】九州大学「二人のノーベル賞科学者が若者へ語りかける」2006年11月20日。江崎の講演・質疑における失敗と発見への見方を確認。長い流通文言の逐語的な原典ではありません。

【研究史の二次資料】JST Science Portal Chinaの江崎玲於奈紹介(2019年)。負性抵抗の発見経緯を確認。

【研究成果の公式発表】ノーベル賞公式・1973年物理学賞発表。

【流通している長文】江崎玲於奈の名言集/守谷市立守谷小学校の学校日記。いずれも本人の初出記録ではありません。

【未確認】本人が長い流通文言を述べた著作・発言日時・ページ・録音。出典ステータス:要検証(別の本人講演記録に関連する考え方は確認)。出典ステータスガイド。

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