「学びてのち足らざるを知る」。榎本武揚の名言として知られるこの言葉には、もう一段深い来歴があります。榎本が自らの経験から初めて考案した言葉ではなく、中国古典『礼記』「学記」に由来するのです。しかし、榎本との関係が単なる誤りというわけでもありません。榎本武揚の筆による「学後知不足」の扁額が、東京農業大学に伝わっていることを、国立科学博物館の資料データベースで確認できます。古典の原典と、近代日本での受容を分けて、この言葉を読み直します。
出典は『礼記』「学記」――前後には「教えること」も書かれている
是故學然後知不足,教然後知困。
「是の故に学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困しむを知る」という趣旨です。当サイトの説明訳では、「学んでみて初めて自分に足りないものが分かり、人に教えてみて初めて説明できないことがあると気づく」となります。
原文は『礼記』の「学記」にあります。日本語Wikisource『礼記/学記』には漢文と1927年刊の漢文叢書に基づく伝統的な訓読が掲載されています。中国語Wikisource『礼記/学記』でも漢文本文を照合できます。榎本の生まれるよりはるか以前に存在した文献です。
「学びてのち足らざるを知る」だけを読むと、謙虚に学ぶことを勧める格言に見えます。しかし原文には「教えて然る後に困しむを知る」が続き、さらに「教学相長」、すなわち教えることと学ぶことが互いを成長させるという考えにつながります。短い一文だけで完結した思想ではありません。
榎本武揚と実物資料――「学後知不足」の扁額
国立科学博物館の産業技術史資料共通データベース(HITNET)は、東京農業大学生物産業学部図書館に関する資料として、「榎本武揚筆『学後知不足』の扁額」を紹介しています。資料解説でも原典を『礼記』と明記し、そのあとに「教然後知困」と続くと説明しています。
つまり、榎本がこの句を自ら書いたと伝わる具体的な資料が存在します。言葉の古典的な出所は『礼記』、扁額の筆者は榎本武揚という二つの事実は両立します。著名な人物の筆跡が残っているからといって、その人が言葉の最初の作者になるわけではありません。
HITNETの紹介は、扁額の詳しい制作年月日や、書いた当日の心境を確定する資料ではありません。そのため「ある事件の直後に反省してこの言葉を書いた」など、旧記事で推測されていたような具体的な成立事情は加えません。
榎本と東京農業大学の関係
同じHITNETの解説には、東京農業大学の源流が、榎本武揚によって1891年に創立された「徳川育英会育英黌農業科」にあることが記されています。榎本とこの学校との関係は、偶然名言が引用されたというだけではありません。
榎本は幕末に海外の技術や知識を学び、明治期にはさまざまな公的な役割を担いました。しかし、「学後知不足」を選んだ動機を彼の生涯の個別の出来事と一対一で結び付けるには、本人の日記や書簡などが必要です。現在確認できた資料からは、学びを重んじる姿勢を表す書として受け継がれている、と述べるのが適切でしょう。
『礼記』「学記」は何を伝える文章なのか
「学記」は、学ぶことと教えること、教育の仕組みや教師のあり方を考える古典です。「学然後知不足」の直前には、おいしい料理があっても食べなければ味が分からず、優れた道理があっても学ばなければその良さが分からない、という比喩が置かれています。
知識を外から眺めるだけでは、その意味が十分には分からない。実際に取り組んでこそ、自分がどこを理解できていないかが見えてくる。こうした文脈の中に、問題の一文があります。
ここでの主題は「知識の量を増やせば人間として偉くなる」という単純な価値判断ではなく、学習や指導を通じて理解の不足に気づき、その後の行動を変えていくことです。
「不足を知る」は、劣等感を増やすための言葉ではない
何かを学ぶと、自分の知らないことがたくさん見つかる場合があります。それを恥ずかしいと思うこともあるでしょう。しかし、分からない点がはっきりするのは、前よりも具体的な問いを持てるようになったということでもあります。
例えば、はじめは「歴史が分からない」と感じていた人が勉強を進めるうちに「この時期の政策が変わった理由が分からない」と気づくようになるかもしれません。知識不足を自覚することは、次に調べる対象が見つかることでもあります。
一方で、足りないところばかりに目を向けると、できるようになったことを見失うこともあります。学びの進歩を確かめながら、次の疑問を見つけるという受け止め方がよいでしょう。
「教然後知困」――教えて初めて分かる難しさ
人に説明しようとすると、自分では分かっていると思っていた内容のつながりが曖昧だと気づく場合があります。用語を説明できなかったり、反例を示せなかったり、相手の質問に答えられなかったりします。
古い『礼記注疏』の解説も、学ぶことで自分の不足が見え、教えることでまだ通じていない事柄が分かるという方向で説明しています。『礼記注疏』巻三十六「学記」。注釈は後世の説明ですので、原文の文字列と区別して参照します。
ここで大切なのは、相手に答えられなかったことを責めるのではなく、次の学びへ戻る機会にすることです。教える側が説明を改めることは、必ずしも指導者としての失敗ではありません。
「教学相長」――教える人も学ぶ人も変わっていく
文章はさらに、学びによって自らを振り返り、教えることで難しさに気づいて努力し、互いに高め合うことへ続きます。「教学相長」は、学ぶ人だけが成長するのではなく、教える人にも新たな学びがあるという理解につながります。
現代の学校でも仕事でも、相手の質問から自分の説明を見直したり、初心者の疑問から新たな問題を発見したりすることがあります。ただし、原典が現代の学校制度や企業研修の具体的な設計手順を述べたわけではありません。
学びと実践の関係
読書だけで得られる知識もあれば、実際に試して初めて理解できることもあります。文章を理解したつもりでも、具体例に当てはめてみると矛盾が見つかることがあります。
この句を現在の学習に応用するなら、まず短い範囲を学び、自分の言葉で説明し、説明できなかった点を再度確かめるという方法が考えられます。これは古典の趣旨から当サイトが考えた応用であり、榎本本人がこの学習法を提案したという史実ではありません。
榎本の言葉として紹介するときに必要な表記
この言葉に榎本武揚の名前を添えるなら、「榎本武揚が書いた『学後知不足』の扁額。原典は『礼記』「学記」」という形が正確です。
「榎本武揚が創作した格言」と説明するのは不適切ですが、榎本がこの言葉を大切にし、その字句を書き残したことまで消してしまう必要はありません。古典の成立と、それを後世の人物が選んで伝えた事実を併記することで、むしろ歴史的なつながりが見えてきます。
『論語』の学びの言葉と読み比べる
『論語』の「知る者は好む者に如かず」では、知ることと好むこと、楽しむことの関係を考えます。「憤せざれば啓せず」は、学ぶ側の問いと教える時機に焦点があります。
本記事の『礼記』「学記」は、学んで不足に気づくことと、人に教えて理解を深めることをつなぎます。それぞれ別の古典の文脈ですから、同じ著者の一つの発言として結び付けないことが重要です。
まとめ――榎本の筆跡と古典の原典をともに残す
「学びてのち足らざるを知る」の原典は、『礼記』「学記」です。そこには「教えて然る後に困しむを知る」「教学相長」と続き、学ぶ側だけでなく教える側も成長するという視点が含まれます。
一方、国立科学博物館の資料データベースには、榎本武揚筆「学後知不足」の扁額が記録されています。つまり、榎本が書いた史料は確認できるが、言葉を最初に作ったのは榎本ではないというのが適切な整理です。
学びを通じて不足を知り、人へ伝えることで自分の理解を確かめる。そうした学習の循環を、原典に立ち返って考えたい言葉です。
原典・参考資料と出典ステータス
【古典の原文】『礼記』「学記」(Wikisource)。1927年の『漢文叢書』に基づく訓読とともに確認。
【古典の注釈】『礼記注疏』巻三十六・学記。学ぶ側と教える側の相互の成長についての解釈。公開テキストには未校正の注意があるため、逐語引用は原典との対照を前提にしています。
【榎本との関係を示す具体物】国立科学博物館HITNET「榎本武揚筆『学後知不足』の扁額」。所蔵情報は東京農業大学生物産業学部図書館。
【補助的な地域史資料】いしかり市民カレッジ・榎本武揚に関する講座記録(2024年)。扁額と学校との関係を紹介。
【関連】「知之者不如好之者」/「不憤不啟」/名言の出典ステータスガイド。
【分類】出典状態:文言変化・要検証(原典の『礼記』と榎本の扁額は確認済み/扁額の制作年・当時の心情は未確定)。榎本を古典の作者として扱う旧記述を訂正したものです。
