大江健三郎「知る・分かる・さとる」|高校講演と東京大学対談から読む学び

はじめに

「教わって『知る』、それを自分で使えるようになるのが『分かる』。さらに深めるうち、難しいことにも自力で取り組めるようになる。それが『さとる』ということ」。この言葉は、作家・大江健三郎の学びについての発言として紹介される。知識を集めることと、自分の言葉や行動へ変えることの違いを短く示している。

ただし、流通する文章をそのまま大江の著書から抜き出したと説明するのは正確ではない。2006年の新聞紹介による講演の要約と、本人が同じ時期に語った東京大学での対談を区別すると、この考えの出発点が見えてくる。

きっかけは高校生からの講演依頼だった

2006年1月10日の朝日新聞で紹介された話によると、ある高校の記念講演に招かれた大江に、生徒の代表が、単に新しい知識を得るのではなく、物事を理解するきっかけが欲しいという趣旨の手紙を送った。大江はその問いに応える形で、「知る」「分かる」「さとる」を語ったと報じられた。

新聞の内容を紹介する東北大学金属材料研究所の教育資料にも、講演の流れとほぼ同じ言葉が掲載されている。ただしこの資料は新聞記事の紹介を経由した二次情報であり、講演の録音を全文起こした一次記録ではない。

高校生の依頼には重要な違いがある。情報をたくさん教えてほしいとは言っていない。習ったことを自分で理解するにはどうすればよいのかという問いを、作家へ投げかけたのである。相手の問いが、講演の考え方を形づくったことに注目したい。

東京大学『淡青』には大江本人の詳しい説明がある

東京大学広報誌『淡青』第17号(2006年1月)には、2005年11月10日に大江と古田元夫副学長が行った対談が収録されている。大江は、高校の女子生徒から「知る」だけではなく「解る」ための話が欲しいという手紙を受け、両者の違いを考えたことを自分の言葉で述べている。

そこで大江は、民俗学者・柳田国男の「学ぶ」「覚える」の違いに目を向けたと説明する。先生をまねて学ぶ段階から、学んだものを自分の力で使える段階へ進む。教えられた内容が、自分の経験や判断の一部になるという変化だ。

その先の「さとる」は、学んだことや覚えたことを使う中から、それまで教わっていない新しい考えが浮かぶ状態だと語っている。対談の本人発言は「学ぶ・覚える・さとる」という順でも説明される。流通する「知る・分かる・さとる」は、本人が語った内容を分かりやすく整理した報道上の表現として区別したい。

「さとる」とは、理解したふりをすることではない

調べた情報を記憶するだけでは、初めての問題には対処できないことがある。例えば数学の公式を覚えていても、どの条件で使えるか判断できなければ応用は難しい。「知っている」という感覚と、「新しい場面で使える」という力は別のものだ。

さらに、大江の話は個人の勉強術にとどまらない。対談では、学んだことから自発的に考えをつくり、社会に向けて表現し、主張することが、知識人になる過程につながると語っている。「さとる」は内面だけで完結せず、他者に伝える力へ向かうのである。

ここでいう「さとる」を、宗教的な悟りや絶対的な正解に到達した状態だと決めつけるのは適切ではない。むしろ、新しい問いを自分で立て、今までの理解を更新できる状態として読むことができる。自分がもう間違わないと信じることとは逆だろう。

現代の学習や仕事でどう実践するか

例えば新しいソフトウェアを学ぶとき、説明書を読むだけで終わらず、自分の仕事で一つ試してみる。使えなかったら、どの理解が足りないかを調べる。その繰り返しで、知識が道具として使えるようになる。これは大江の言葉を現代の仕事へ応用した考え方だ。

次に、既存のやり方が合わない場面で、なぜその方法が選ばれてきたのかを問い直す。必要なら別の分野の知識とつなぎ、新しい方法を考える。大江の対談には、専門の違う人と共通の言葉を持つ教養の重要性も語られている。

そして、自分が学んだことを他人に説明してみる。説明の途中で曖昧な箇所が見つかることもある。自分の意見を表し、異なる考えに触れる。学びは、自分の頭の中で完結しなくてよい。他人とのやり取りを通じて深くなるからだ。

まとめ・出典と表現上の注意

大江健三郎の「知る・分かる・さとる」は、高校生からの依頼に応えた講演と、2005年11月の東京大学での本人対談を合わせて読むと、その背景を具体的に理解できる。短い流通形と対談の原文は完全には一致しないため、出典状態は「文言変化・意訳」とする。

主な資料:東京大学広報誌『淡青』第17号(2006年1月)、巻頭対談「知識人になるということ」(2005年11月10日収録、PDF内の誌面8〜9頁付近)/会津大学2024年度入学式・式辞(広まった引用の再掲例)/東京大学『淡青』バックナンバー案内/大江健三郎文庫・略歴。本人の対談記録を中心に確認したが、高校講演の逐語録は直接確認していない。出典ステータスガイド。

大江健三郎が1994年ノーベル文学賞講演で日本の歴史をどう語ったかは、「日本は二つの相反する極に引き裂かれている」の記事で扱っています。学びの段階を語る言葉と、歴史の複雑さに向き合う言葉を、出典を分けて読み比べられます。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。