「失敗に落胆しなさるな」。明治時代の政治家で東京専門学校(現在の早稲田大学)の創立者、大隈重信が卒業生に贈った言葉です。今回は、単なる名言集ではなく、1897年7月15日の卒業式・創立15周年祝典での演説記録まで遡って確認できました。短く切り出されがちな「失敗を恐れるな」の先で、大隈が卒業生へ求めていたのは、社会へ出た後も本を手放さず学ぶことでした。

いつ、どこで語られたか――1897年7月15日の東京専門学校
『學問の獨立と東京專門學校の創立』(ウィキソースの旧字原文)には、1897(明治30)年7月15日の演説であることが記され、1907(明治40)年10月刊の『大隈伯演説集』(早稲田大学出版部)を底本として示しています。国立国会図書館デジタルコレクションへの書誌リンクも示されており、後世の匿名名言集よりずっと具体的な出典です。
同じ文章は青空文庫『学問の独立と東京専門学校の創立』でも読みやすい表記で公開されています。ページ冒頭の小見出しは「社会への初陣」。東京専門学校の卒業証書を得た若者が、複雑な社会へ踏み出すことを、初めて戦場に出ることになぞらえています。
早稲田大学出版部が2022年に刊行した『大隈重信と早稲田大学』の公式紹介も、1897年の卒業式に大隈が失敗についての言葉を残したことを明記しています。演説記録の年月と、この後世の大学関係資料が整合します。
実際の文章と、旧記事の言い回しの違い
演説中に大隈は、卒業生が社会に出れば失敗にぶつかり、失敗から経験を得るのだと説きます。そこには「失敗に落胆しなさるな」という一節が確かに含まれています。
ただし、旧記事の末尾にある「成功をきさなければならぬ」は、青空文庫の本文では「成功を以て期さなければならぬ」という形です。「きさなければ」は誤記あるいは不正確な転記と考えられ、原典の文章としてそのまま再掲しないことが適切です。旧字で書かれた1907年の記録と、現代表記の青空文庫の違いにも留意します。
大隈が最初に語ったのは、失敗の勇気だけではなかった
演説は卒業式で行われました。大隈は学んできた学生に向け、学習を終えたから社会で成功できるとは限らないと伝えています。しかも周囲にある課題として、社会の道徳の腐敗や人々の元気の衰えなども挙げています。
個人の才能を試す競争だけが主題ではありません。社会に出る若者が、複雑な現実や時代の課題に出会うことを踏まえた話なのです。旧記事のように「失敗は成功への必要な一段階」とだけまとめると、その社会的な視野が薄くなります。
「羅針盤は学問だ」という後半が重要
失敗から経験を得るよう勧めたすぐ後、大隈は、社会という海を航海する際に必要な羅針盤が何かを問い、その答えを学問だとしています。卒業時までに修めた学問でも、まだ初歩にすぎないと述べます。
続いて、社会で仕事をする間も学び続け、本を手放してはいけないという趣旨を語っています。この流れを読めば、「失敗すれば必ず成長する」という無条件の楽観とは違うことが分かります。失敗を材料にして状況を考え、学び、次の行動へ活かすことが大切なのです。
失敗が必ず成功へ変わるわけではない
現実には、ひとつの失敗から立ち直るために時間が必要な人もいれば、金銭的・身体的に回復の難しい被害を受ける人もいます。失敗を無条件に歓迎するのは適切ではありません。
「失敗に落胆しなさるな」を、落胆している人を責める言葉にしてしまうのも避けたいところです。失望は自然な反応です。大隈の語りを現代に引き寄せるなら、気持ちが落ち着いた後で何が起きたかを見直し、必要な知識や支援を探せるようにする、という読み方ができます。
学び直しにつなげる四つの問い
- 何が起きたか:事実、当時の判断、後から分かった情報を分けられるか。
- 何を知らなかったか:知識、準備、条件について補うべき点は何か。
- 誰に相談できるか:同じ失敗を繰り返さないため、専門家や仲間の助けを得られるか。
- 次は何を変えるか:やり方を修正する、別の道を選ぶなど現実的な選択肢があるか。
これらの問いは当サイトによる現代的な整理です。大隈が1897年の式場でこの四項目を列挙したわけではありません。
卒業式の言葉を、今の読者が読む意味
学校を卒業することは、学ぶことの終わりではありません。仕事を始めてから新しく知ることも、暮らしの中で考えを改めることもあるでしょう。この演説では、知識をすでに持っているという自負よりも、未知の課題に出会っても学びを続ける姿勢が求められているように読めます。
ただし、1897年の政治家の演説を、現代の教育政策や職場の考え方にそのまま当てはめる必要はありません。時代の違いを踏まえ、現在にも役立ちそうな問いを読み取るのがよいでしょう。
出典と確認結果
- 大隈重信『學問の獨立と東京專門學校の創立』:1897年7月15日の式典演説を1907年刊『大隈伯演説集』に基づいて掲載した旧字表記のテキスト。
- 青空文庫『学問の独立と東京専門学校の創立』:現代表記で演説本文を読める。
- 早稲田大学出版部『大隈重信と早稲田大学』(2022年):1897年の卒業式で失敗を説いたことを記す大学関係者による書籍紹介。
- 早稲田大学人間科学部「卒業生に贈る大隈重信の言葉」(2016年):大隈の演説を現在の卒業生へつなぐ公式資料。
出典状態:原典確認済み・転記差あり。対象の話は1897年7月15日の演説に遡れます。1907年刊の演説集に基づく公開テキストと、早稲田大学出版部の記述を照合しました。旧記事の「成功をきさなければ」は公開本文の表記と一致しないため修正しました。名言の出典ステータスもご覧ください。