大隅良典「『役に立つ』が社会をダメにする」|2016年会見録で原文を確認

「私は『役に立つ』という言葉が、とても社会をダメにしていると思っています」。ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典のこの発言には、日時も場所も分かる本人の直接記録があります。2016年10月3日、東京工業大学(現在の東京科学大学)の大岡山キャンパスで行われた受賞決定記者会見です。流通する文章では一部の語句が変わり、「10年後、20年後、100年後」という長い時間軸も縮められています。原典に戻り、大隅が何を批判し、何を守りたいと語ったのかを読み直します。

原典は2016年10月3日、東京工業大学の記者会見録

東京工業大学公式「ノーベル賞受賞決定 第1回記者会見 会見録」には、取材者との質問・回答が公開されています。講演集や名言サイトではなく、本人が出席した会見の内容を大学が公開した記録で、日時と場所が明記されています。

会見の終盤、記者は、近年は応用に結びつく研究を優先する傾向があり、基礎研究を支えにくいのではないかと質問しました。大隅は、短期間での実用化と同じ意味で「役に立つ」を使うことへ強い懸念を示し、科学の成果が意味を持つのは10年、20年、100年後かもしれないと説明しています。

重要なのは、「役立つ研究は不要」と述べたわけではないことです。すぐには利用法が見えない研究の価値を、短期間で事業になるかどうかだけで測るべきではない、という問題提起でした。

流通文と会見本文の違いを確認する

旧記事で紹介していた文章は、主題こそ一致するものの、大学の会見録と細部が異なります。会見では「とても社会をダメにしている」「数年後に企業化できることと同義語みたいにして使われる」という表現が見られます。一方、旧記事では「とっても社会をだめにしている」「数年後に事業化できることと同義語」という形でした。

また旧記事は、役立つのは「10年後、あるいは100年後」と短縮していますが、会見録では途中に「20年後」も挙げています。そのため、旧来の流通文を本人の完全な逐語引用として扱うのではなく、文言変化を含む引用と明記する方が正確です。

なお、大学のウェブ掲載文は会見録として非常に有力な直接資料ですが、編集・整文が全く行われていない録音の逐語記録だとまで証明するものではありません。ここでは「2016年の大学公式会見録で確認」と表現します。

大隅が問うのは、研究成果がいつ評価されるか

生命科学の基礎研究では、まず生命の仕組みを理解することが目的になる場合があります。たとえば細胞が自分の内部の成分を分解・再利用するオートファジーは、現在ではさまざまな疾病との関係が研究されています。しかし大隅は、研究を始めた時点で将来の疾患応用を確信していたわけではないと、同じ会見で説明しています。

ノーベル賞公式の2016年の発表では、大隅の授賞理由がオートファジーの仕組みの発見であること、酵母を使った研究によって重要な遺伝子を同定した経緯が説明されています。仕組みを解明する基礎研究と、その後の医学的な応用には、時間的にも方法論的にも距離があります。

「将来役立つ可能性」と「必ず役立つ」は違う

時間をかける基礎研究が重要であることと、すべての研究が必ず実用化されることは別です。10年後や100年後に成果が出る可能性があっても、その用途や社会的な影響を今の段階で確約できるとは限りません。

大隅の発言は、確実な収益を示せない研究に無条件で資金を投じよという単純な提案でもありません。未知への探究を維持するため、成果を測る方法や時間軸を複数持つことを求めた発言として読めます。

同じ年の別の記者会見で、さらに詳しく説明している

東京工業大学「文化勲章受章記者会見 会見録」でも、大隅は「文化としての科学」という表現を使い、科学を医学に役立つための知識だけへ矮小化すべきでないと話しています。植物や天文学への関心、知的な理解を楽しむ活動としての科学にも触れています。

さらに、大学が公開した2017年の受験生向けメッセージでは、基礎科学を人間の知識を広げる活動と捉え、文化の一つとして尊重することを訴えています。2016年の会見の一言だけではなく、同じテーマを継続的に語っていたことが確認できます。

社会に「役立つ」ことを否定する発言ではない

教育、医療、公共政策、基礎科学のどれにも、限られた人材や予算の中で優先順位を決める必要があります。近い将来に解決すべき問題がある一方、すぐには結論が出ない研究を育てる余地も求められます。

短期的な成果を求める立場には、費用への説明責任という現実的な課題があります。長期的な研究を守ろうとする立場には、研究の不確実性と社会的な意義を伝える役割があります。どちらか一方だけを無条件に正しいと決めつけるより、評価する時間軸を明示し、研究の目的に応じて考えることが重要です。

仕事・教育にも通じる「成果の時間軸」

仕事で目先の売上だけを追えば、新しい技術や人材育成への投資が後回しになるかもしれません。一方、将来への投資を理由に現実の問題への対応をしなくてもよいわけではありません。

学習でも、すぐに試験の点数へ結びつく知識と、何年も後に役立つかもしれない教養があります。どちらも価値を持ち得ますが、目的と条件によって取り組む順序は違います。

  • 成果の種類:短期の実績以外に、理解の深まりや技術の獲得をどう見るか。
  • 時間軸:何を今月評価し、何を数年単位で見直すか。
  • 不確実性:将来の用途を予測できないことを正直に説明できるか。
  • 継続条件:研究や学習を続けるための資金・人材・対話をどう確保するか。

この四つは当サイトが現代の読者へ向けて整理した問いであり、大隅本人が記者会見で示したチェックリストではありません。

まとめ――「役立つ」の定義と時間の長さを問い直す

この言葉については、2016年10月3日の大隅良典本人の記者会見録を原典として確認できました。短期間で企業化できる成果だけを「役立つ」と考えてしまう危うさを訴え、長期の基礎研究を科学という文化の一部として認めてほしい、と語った場面です。原典に戻ると、単なる実利批判ではなく、科学を育てる社会の時間感覚を問う発言であることが分かります。

確認した資料・出典判定

出典状態:原典確認済み/流通文に言い換え・省略あり。2016年10月3日の大学公式会見録に本人の発言を確認しました。旧記事と語句が異なり「20年後」が省略されていることを示しました。出典状態の説明もご覧ください。

大隅の研究姿勢そのものについては、「人がやらないことをやる方が楽しい」の記事も参照できます。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。