大橋巨泉「終活は好きじゃない」|闘病の言葉と最期の選択をどう読むか

はじめに

「おれは終活なんて好きじゃない。がんと闘い切れば甘んじて死ぬ」。大橋巨泉の言葉として広まる一節は、病気に向き合いながらも自分の生き方を選ぼうとする姿勢を感じさせる。しかし、ひとりの人の闘病観を、すべての患者へ当てはめることはできない。

巨泉はテレビ司会者として活躍したのち、50代半ばでセミリタイアし、海外での暮らしや事業を選んだ。晩年には複数回のがん治療を経験し、生き方について語り続けた。仕事の選択と病気の選択には共通する価値観があっても、同じ判断ではない。

名言を読むうえで重要なのは、どの一文を本人の直接取材で確認できたのか、どの文章は出典未特定なのかを区別することだ。実際の病状や治療に関する事実と、名言の意味づけも分けて考えていきたい。

「終活なんて好きじゃない」の初出は未特定

「おれは終活なんて好きじゃない」という文章は、2021年の名言紹介サイトなどに巨泉の言葉として掲載されている。しかし今回の調査では、本人の著書の版・ページや、発言した番組・取材日を示す一次資料を特定できなかった。

一方、2015年6月8日公開の『日豪プレス』本人インタビューには、巨泉が自分で作った言葉だとして「がんは闘うか死ぬか」と述べた記録がある。これは2015年4月3日に行われた取材だ。似た闘病観を示す発言が確認できても、長い引用文のすべてが同じ取材に載ったとは言えない。

そのため旧記事の長い引用については「要検証」とした。巨泉が治療をどのように考えていたかを理解する資料と、その言葉が一字一句本人のものかを判定する資料は別である。

2015年の本人取材が伝える闘病観

取材時点で巨泉は、これまでに複数のがんを経験し、2015年4月には新たながんが見つかったことを公表していた。インタビューでは、再発や転移への不安を念頭に、できることを続けて対処するという姿勢を強い言葉で語っている。

しかし、当人が語った病気の経験だけから、全患者に適切な治療が決まるわけではない。がんの種類、進行度、治療の効果と副作用、年齢、本人の希望はそれぞれ違う。誰かが「闘う」と表現したからといって、別の人の治療方針を評価する尺度にはならない。

本人の2014年刊の著書『巨泉の遺言撤回 今回の人生では○○しない』を紹介する講談社の書誌では、闘病において生活の質を大切にしたことが述べられている。病気を治すための行動と、日々をどう過ごすかという本人の希望をともに考えたことがうかがえる。

2016年の最後のコラムは何を伝えたか

巨泉は2016年6月27日発売の『週刊現代』で、長年連載してきたコラムの最終回を公表した。『デイリースポーツ』と『日刊スポーツ』が、体力・気力の限界に触れながら読者へ感謝を述べたことを報じている。晩年の発信の事実を確かめるなら、このように掲載日時が確認できる資料が重要だ。

そのコラムは家族の協力を得て書かれたと報じられている。続けたかった仕事にも区切りを付けざるを得ない状況だったという。「諦めない人」と一言で表すより、できることと難しいことが変化した経緯を捉える必要がある。

なお、最後のコラムに「終活なんて好きじゃない」という旧記事の全文があったかどうかは今回確認できていない。最終コラムの存在を、別の未確認の言葉の出典として流用しないのが適切だ。

治療の選択と、人生の価値観の違い

国立がん研究センターのがん情報サービスは、治療の方向性を見直す際には、本人が何を大切にするかを考え、医療者と十分に話し合うことを勧めている。強い決意を持つことだけが治療の質を決めるわけではない。

治療を積極的に続けたい人も、体調や生活の質を重視して別の方針を考えたい人もいる。苦痛を減らすケアを受けることは、希望を失うことと同じではない。患者本人の意向が尊重されることが、どの選択でも大切だ。

また、将来の医療や介護について家族や医療者と対話する「人生会議」も、必ず同じ結論を出すためのものではない。本人の価値観を共有し、状況に応じて見直せるようにする過程である。終活を好むかどうかも、準備の必要性も、人によって違ってよい。

まとめ・出典と留保

大橋巨泉は2015年の本人取材で、病気と向き合う覚悟を強い言葉で語った。2016年には、体力の限界を理由に最後の連載原稿を公表した。これらは直接取材や当時の報道で確認できるが、「終活なんて好きじゃない」の逐語の初出は未特定である。

この言葉は、病気に向き合う一人の人間の信条として読むことができる。一方、別の患者へ「もっと闘うべきだ」と要求したり、治療中止や緩和ケアを価値の低い選択として扱ったりしてはならない。他人の生き方を評価する標語にせず、本人の意思を尊重する問いとして残したい。

参照:マルチョン名言集(旧引用の流通形)/日豪プレス「独占インタビュー 大橋巨泉」(2015年6月8日)/講談社『巨泉の遺言撤回』書誌/デイリースポーツ・最後のコラム報道/国立がん研究センター・治療方針と本人の意思/国立がん研究センター中央病院・人生会議の解説。関連記事:「今回の人生ではやめておこう」。出典の読み方。

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