「生の流れは、あまりになめらかであるよりは多少の抵抗感が必要」。神谷美恵子『生きがいについて』から広まった一節です。旧記事はこれを「困難は避けず、つらい仕事を辞める前に乗り越えよう」という教訓として紹介していました。しかし、引用の後半には、時間が未来へ開かれ、本人が前進を感じられることという重要な条件が続きます。つらさだけに価値があるという読み方を改めます。
出典は『生きがいについて』の「生存充実感」をめぐる考察
みすず書房の公式書誌によれば、『生きがいについて』は1966年に初版が刊行されました。第3章「生きがいを求める心」の中には「生存充実感への欲求」という節があり、変化や未来性などの欲求も続いて論じられています。
創価大学附属図書館の2013年「今日の一書」には、本書に由来する「多少の抵抗感」や、困難な時間が生存充実感を強めることがあるという部分が紹介されています。引用の帰属は名言集だけでなく、大学図書館の選書記事からも確認できます。
省略されやすい「未来へ向かって開かれる時間」
書籍の文章を再録した二次資料には、一節の後に、本人が何かへ向かって前進していると感じる場合、努力や苦しみもその目標へ向かう過程として受け止められるという説明が続きます。単に困難があれば充実するのではなく、方向性や希望との関係を考えていたわけです。
別の読書記録にも同じ前後の話が紹介されます。ただし、再録資料間で「生存充実感」「生存実感」などの文言に違いが見られます。今回、書籍の版ごとの原ページを逐字校合していないため、どちらかを最終的な正本と断定しません。
抵抗感と危険な負担は違う
新しい技能を身につけるとき、思いどおりにできない経験が学びにつながることがあります。以前の自分にできなかったことを試し、少しずつ上達すると、手応えを感じる場合もあるでしょう。
一方、健康や安全を損なうほどの負担、誰かからの不当な扱い、生活が成り立たない状況を、成長のために引き受けなければならないと考える必要はありません。「抵抗感」がすべて同じ意味を持つわけではないからです。
「辞めないこと」だけが正しい選択ではない
努力している人の中には、続けることで充実感を見いだす人もいれば、環境を変えることで新しい可能性を得る人もいます。神谷の一節を根拠に、苦しい職場を辞めたいと考える人へ「まだ頑張れるはずだ」と迫るのは適切ではありません。
本人が向かいたい先はどこか、そこで続ける手段が安全に確保できるか、助けを求められるか。そうした条件を確かめる方が、引用の後半にある「前進していると感じられる」という視点ともつながります。これは当サイトの応用であり、神谷の労働・医療上の具体的な助言ではありません。
いつも前進を感じられるとは限らない
病気や喪失、災害など、自分の意思で状況を変えられない経験があります。神谷の本は、そうした人々が生きがいを失うことや、そこから意味を探す心にも多くのページを割いています。
出版社の目次には「生きがいをうばい去るもの」「生きがい喪失者の心の世界」「新しい生きがいの発見」が並びます。この全体像を踏まえると、前向きでいられない人を否定するための書物ではないことが分かります。
抵抗のある活動を自分で選べるか
自ら興味を持つ勉強や制作には、難しさを受け入れやすい場合があります。一方、何のためか分からず選択の余地もない状況で、苦しみだけが長く続けば、同じような充実感が生まれるとは限りません。
抵抗をあえて増やすのではなく、意味を感じられる活動の中で難しい局面と向き合うという読み方ができます。ただし、それがすべての人に当てはまる心理学上の法則と確定したわけではありません。
神谷の他の言葉と読み比べる
『生きがいについて』では、したいことと義務が一致する場合の生きがい感も考察されますが、本人は必ずしも一致しないと留保しています。「したいことと義務が一致する」の記事ではこの部分を解説しています。
また「使命感に生きる人」では、生存目標と自分の必要性を感じることについて論じた箇所を扱っています。ひとつの「困難礼賛」を、神谷の思想全体としてしまわないことが大切です。
出典と確認範囲
出典状態:著作への帰属確認/逐語的な版の校合は未了。創価大学附属図書館の紹介と複数の読書資料で、該当する文章と、未来へ向かって前進を感じられることという続きの文脈を確認しました。書籍原本の掲載ページや、再録間の表記差は引き続き確認が必要です。苦しみを強制する教訓としては扱いません。
資料:みすず書房『生きがいについて』 / 創価大学附属図書館の選書記事 / 本文の続きまで紹介した二次資料。関連:希望と義務の一致。
