「生きがい感を大切にするなら、世間体や収入よりも、なるべく自分でなくてはできない仕事を選ぶのがよい」。神谷美恵子『生きがいについて』の一節は、職業選択の助言として紹介されます。しかし神谷は、どんな事情があっても収入や安定を捨てて、他の人に代わりのきかない仕事へ就くべきだと命じたのではありません。人が自分の存在を必要だと感じることと、生きがい感の関係を論じた文章として読みます。
原典は1966年初版『生きがいについて』
みすず書房の公式書誌によると、『生きがいについて』は1966年に初版が刊行され、2004年には神谷美恵子コレクション版が刊行されました。第2章「生きがいを感じる心」には、感情としての生きがい感、認識としての生きがい感、使命感という主題が含まれます。
本書は、生きがいを持つ人の仕事術だけを説明するものではありません。病気、喪失、孤独、未来への希望など、さまざまな状況の中で生きる意味を考察しています。仕事を選ぶ一節も、この大きな論述の一部です。
文章の前にある「自分の生が必要だ」という感覚
『生きがいについて』の抜粋を教材として紹介するページには、どんなに苦労の多い仕事でも、自分だからできると感じることが生きがいにつながる場合がある、という前段が収められています。続けて、世間体や収入と比べて自分ならではの仕事を選ぶという見方が語られます。
ここでの焦点は、職業を社会的地位の高低でランク付けすることではなく、自分の存在と行っていることが深く結びつく経験です。職業に絶対的な価値の順位があるとは言っていません。
「自分でなくてはできない仕事」は独占的な才能のことか
一見すると、自分以外の誰にもできない特別な仕事を持てる人だけが、生きがいを感じられるかのように聞こえます。しかし同じ仕事に就く人が何人いても、具体的に出会う人や、積み重ねる経験、置かれた環境は同じではありません。
たとえば同じ職種の看護師が複数いても、それぞれの人が誰にどう向き合うかは異なります。職務が代替可能であることと、その人の経験や関わりがまったく同じであることは違います。これは神谷の一節から当サイトが考えたことで、特定の職業を本人が一つずつ説明したという意味ではありません。
世間体や収入を無視してよいのか
安定した収入が必要な人や、家族の生活を支えている人、住む場所や医療費を確保しなければならない人がいます。そうした事情を無視して職業を選べば、生活そのものが成り立たなくなる可能性があります。
神谷は「もし生きがい感を大切にするならば」という条件のもとで考えを述べています。人生のすべての条件をなくしてしまう無条件の指示ではありません。お金を稼ぐこと自体を卑しい行為とみなす必要もないでしょう。
自分の存在が必要とされる感覚
自分が誰かの役に立っている、いまの活動には自分なりの意味があると感じられることは、生きがいに結びつく場合があります。ただし、周囲から頻繁に感謝されなければ無価値だと考える必要はありません。社会での働きには、結果がすぐ見えず、後になって意味が分かる仕事もあります。
一方、他者への貢献を強く求められ続けると、自分の健康や休息を後回しにしてしまう場合があります。必要とされる感覚を重んじることと、過度な自己犠牲を受け入れることは違います。
働いていないときにも生きがいはあるか
神谷の著作では、生きがいの対象が仕事だけに限られていません。みすず書房の目次にも「生きがいの対象」「生きがいと情熱」「新しい生きがいの発見」「精神的な生きがい」が含まれます。
病気や育児、介護、失業、退職など、さまざまな事情で仕事から離れる時期があります。そのことによって本人の価値が消えるわけではなく、生きがいを感じる対象が変わったり、しばらく見えなくなったりすることもあるでしょう。
神谷が紹介した無名の人々
神谷は同じ第2章で、肩書や知名度よりも、世の中の働きを実際に支えている人々の存在に目を向けます。関連記事「無名の人々が社会を支える」では、この論点を詳しく解説しています。
大きな役職や外から見て魅力的な仕事ではなくても、その人が生活の中で価値を感じることはあり得ます。だからこそ「自分でなくてはできない仕事」を有名な職業や高い成果だけに結びつけない方がよいでしょう。
転職や進路を考える場合
職業選択で、生活に必要な収入、働く時間、雇用の安定、得意なこと、興味、他者との関わりの条件などを整理する方法があります。それぞれに優先順位をつけて考えると、自分にとっての生きがいと現実の生活を両立できる選択肢が見つかるかもしれません。
これは当サイトの現代的な応用であって、神谷が現代の雇用制度に合わせて転職のチェックリストを提示したわけではありません。ある仕事を選ばないという判断にも、それぞれの事情と合理性があります。
「したいことと義務が一致する」との関係
「したいことと義務が一致する生きがい」では、神谷がその二つの重なりを論じた後、実際には一致しない場合もあると述べていることを紹介しています。
今回の仕事選びの文章を併せて読むと、生きがいは本人の選択と経験に関わる一方、現実には制約もあるということが分かります。使命感と義務感を混同しないことも大切です。
出典と確認範囲
出典状態:『生きがいについて』に由来する論述として二次確認/原本の版・ページは未校合。作品の刊行と章立ては出版社公式書誌で確認し、公開された抜粋教材と読書資料で自分の存在を必要と感じること、仕事選びの一節が同じ議論にあることを照合しました。旧記事の句読点や「良い/よい」の表記が原本と完全一致するかは確認していません。
資料:みすず書房『生きがいについて』公式書誌 / 『生きがいについて』抜粋教材 / 阪南大学図書館の推薦文。関連:無名の人々 / したいことと義務。
