「警察官の心は、人々を慈しみ、助けるということに尽きる」。川路利良の言葉として知られるこの文章は、明治初期の『警察手眼』の一節を現代語で言い表したものです。しかし、当時の原文にそのまま載っているわけではありません。原文では「仁愛補助」と「仁慈」という二つの表現が使われています。原文と流通文言の差を区別して考えます。
1879年版『警察手眼』という資料
国立国会図書館の書誌によれば、『警察手眼』は川路利良が述べ、植松直久が編纂し、佐和正が閲した文書で、1879年10月に警視局から刊行されました。近代日本の警察官にどのような姿勢が求められたのかを知るための史料です。
Wikisourceの翻刻「警察官ノ心得」には、見出しの言葉に対応する第九条があります。川路一人の言葉として知られていますが、刊行物としては述者・編者・閲者が記録されています。
第九条は「仁愛補助」から始まる
警察官ノ心ハ総テ仁愛補助ノ外ニ出デザルベシ
第九条冒頭の原文の一部です。現代語で説明すれば、警察官の心は人を思いやり助けることから外れてはならない、という趣旨になります。インターネットで見かける「人々を慈しみ、助けるということに尽きる」は、この古い文体を分かりやすくした表現と考えられます。
原文では、続いて警察権の発動も「仁慈」の外に出ないと書かれています。流通している現代語の文章には、その後半も「仁愛」と置くものがあります。しかし「仁愛」と「仁慈」は同じ文字ではありません。意味が近くても、逐語引用のように扱わず、意訳・文言変化があると明示することが大切です。
原文に続く「人民の憂患を共にする」という教え
第九条の後半では、警察官が人民の苦しみを見聞きした場合には、自分もその憂いを共にする心が必要だと述べます。権限を持つ側が、守るべき人の困難に無関心であってはならないという要請です。単に「優しい人になるべきだ」という性格論ではなく、実際に他人の困りごとに接する職務へ向けた文章です。
ただし、職務上の理想として書かれていたことと、当時の警察活動のすべてで実践されたという歴史的事実は区別しなければなりません。また、親切な意図さえあればどのような権限行使も正当になる、という意味でもありません。
第十条・第十七条では忍耐と保護も求める
同じ「警察官ノ心得」の第十条は、住民から理不尽な振る舞いを受けても道理と親切を尽くし忍耐するよう説いています。第十七条では警察官を人民が頼りにする保護人に例えています。これらは単独の名言を寄せ集めたものではなく、同じ文書内で職務の姿勢を異なる角度から論じた項目です。
力を持つ者への戒めと、困難に立ち向かう強さの両方を求めている点は、短い流通文言だけでは分かりません。ただし、周辺の言葉を組み合わせて、当時の警察制度が理想どおりに運営されたと結論することもできません。
現代とは異なる「人民」観も含まれていた
同じ書の「警察要旨」第三条では、政府を父母、人民を子、警察をその保育・保護役として例えます。こうした比喩には、明治期の国家統治の考え方が表れています。現代の市民を自律した権利主体として捉える考え方と、そのまま同じものではありません。
歴史上の人物の言葉から現在にも残る問題を考えることと、当時の思想を無条件に現代的な権利保障と同一視することは別です。人を思いやるという表現に価値を認める場合でも、権力の行使が適切かを検証する視点を省くべきではないでしょう。
現在の仕事に重ねる際の注意
人を助ける職務では、相手の事情を聞き、困りごとを理解しようとする態度が重要です。しかし、職業倫理に関する理念と、法律で定められた権限や手続は混同できません。歴史的な言葉は、制度を超えて行動を正当化する免罪符ではなく、何を守るための職務かを問い直す材料として読むのが適切です。
この現代への読み替えは当サイトの解釈です。川路が現在の警察法制や、今日の権利保障の考え方をそのまま主張したという意味ではありません。
出典と確認範囲
出典状態:出典位置確認済み/現代語の流通文言には意訳・文言変化あり。国立国会図書館の書誌で1879年版『警察手眼』を確認し、「警察官ノ心得」第九条と周辺条文はWikisourceの翻刻で照合しました。所蔵原本の画像と一字ずつ校合したわけではないので、翻刻との細かな異同は今後の確認対象です。
資料:国立国会図書館『警察手眼』 / 「警察官ノ心得」翻刻 / 「警察要旨」翻刻。関連記事:「警察官は人々の保護人」 / 「治安と備え」。
