「人生で楽しいことばかりじゃない。苦しいと思うことも生きている証だと思えば楽しめる」。北野武の名で流通する言葉は、困難なときの心構えとして引用されることがあります。しかし、苦しい状態を常に肯定すべきだという意味にすると、自分を守るために必要な休息や相談を遠ざけてしまうおそれがあります。実際の言葉は2018年のイベントで人生を楽しむ方法を尋ねられた際の本人回答でした。その前後の発言を確認して、楽しさと苦しさをどう受け止めるかを考えます。
原典は2018年のニッポン放送による取材
ニッポン放送 NEWS ONLINEの「ビートたけし、独自の仕事論語る」は、ビートたけしが2018年に缶コーヒー「ワンダ」の新CM発表会へ登場したときの発言を紹介しています。記者たちから人生の楽しみ方を尋ねられた際、たけしは人生に苦しいこともあるが、それを生きている証だと考えれば、そうしたことも楽しめるという趣旨で答えています。
報道本文にある表現は、旧記事の文言と助詞や語順が一部異なります。意味の中心が一致することは確認できましたが、旧記事の文字列を逐語原文とは扱いません。出典状態は「意訳・文言変化」とし、確認できる場面と表記差を分けて示します。
イベントの一問一答だったことを忘れない
たけしはこの取材で、仕事への取り組み方についても質問され、苦労を見せつけるような働き方よりも、仕事に充実を感じられる姿を目指す考えを語っています。短い言葉に厳格な人生訓としての印象があるとしても、実際は記者会見での応答でした。
講演のように長時間をかけて苦しみの種類を定義したわけではなく、芸人としての言い回しも含む短い回答です。病気や災害、暴力などの重大な苦しみについて、本人がすべて楽しめると主張したかのように説明することはできません。
「楽しめる」は命令ではない
同じ出来事でも、あとになって笑って振り返れる人もいれば、長くつらさが残る人もいます。何かを楽しむかどうかは、当事者の状態や経験によって変わります。「楽しむべきだ」と周囲が命じれば、苦しい人にさらに負担を増やすことがあります。
たけしが語ったのは、自分なりの人生の捉え方としての一例です。全ての人が同じ考え方をしなければならないという普遍的な規則ではありません。
苦しさを感じることは、弱さの証明ではない
仕事や学習、スポーツで難しい課題に向き合えば、思い通りに進まない時間が生じることがあります。人間関係が複雑になったり、練習で成果が出なかったりすることもあるでしょう。
苦しさがあるという事実だけで、本人の能力や意志を評価することはできません。何に困っているのか、改善できる条件は何かを確かめる必要があります。
困難な状況にも、選び直せる部分がある
自分で選んで取り組む難しい課題は、達成したときに満足感を生む場合があります。しかし、好きではない負担を一方的に押しつけられている状況とは違います。
たとえば難しい本を自分の関心で読む人と、過剰な仕事量に苦しむ人は、どちらも「苦しい」という言葉を使うかもしれません。それでも、前者には自分で中断する自由があり、後者には働く環境の改善が必要かもしれません。同じ言葉で全ての状況をまとめないことが大切です。
不快さと危険を混同しない
うまくできずに悔しい気持ちを持つことと、身体や心が危険な状態にあることは違います。危険な環境にいる人へ「生きている証だと思って楽しもう」と言うことは適切ではありません。
休息や相談が必要なときには、それらを優先する判断もできます。つらい出来事の価値を決める権利は、その当事者にあり、周囲の人が無理に前向きな意味を与える必要はありません。
本人の仕事観から、言葉の意味を探る
同じ2018年の本人取材では、たけしは、魚が泳ぐ様子を例に、働いている人が苦労を見せつけるより、普通に仕事をしているように見えて充実している姿を目指す話をしています。
つまり、たけしは必死に苦労していることを見せるのが理想だと言っているわけではありません。物事に取り組むうえで、楽しさや充実の感覚を重視している部分がうかがえます。
成功しても、いつも満足するわけではない
ORICON NEWSによる2015年の北野武監督インタビューでは、北野が自分では気に入っている作品でも世間の評価と一致しなかったことや、新しい作風を試したことを話しています。評価は自分で完全に決められません。
表現する仕事では、作品を発表してから思いがけない反応に直面することもあります。そうした経験をどう受け止めるかが次の挑戦を考える材料になるでしょう。ただし、本人がそのたびに苦しさを楽しいと感じていたと断定する根拠はありません。
苦労を笑いへ変えることの難しさ
芸人は、経験した出来事を後から笑い話として語る場合があります。しかし、出来事を笑いにできたことと、経験している最中から楽しかったことは違います。
人が自分の話をどう表現するかには、その人の自由があります。一方、他人の苦労を許可なく笑いの材料にすれば、傷つける場合もあります。本人が笑って振り返るという選択と、他人が笑わせるという行為は区別しなければなりません。
人生には思い通りにならない要素がある
北野は2015年のORICON本人取材で、自身が良い時代に芸人として活動できたことを運がよかったと振り返っています。同時に、本人が経験した事故などにも触れています。人生を自分の努力や意志で完全に管理できるとは考えていないことが分かります。
予定と違うことが起きたとき、人はそれを自分の失敗と感じる場合があります。しかし、自分では防ぎようがなかった条件もあるかもしれません。どこまで自分で変えられるかを見極めることが必要です。
うまくいかないことにも学びがあるか
失敗した経験から方法を変えたり、別の選択を知ったりできることがあります。一方、全ての苦しみが成長につながると約束することはできません。
理不尽な出来事を経験した人が、必ずそこから価値あるものを得なければならないわけではありません。何も得られなかったと思うこともあります。経験の意味を無理につけないという選択も尊重したいものです。
何かを楽しむ気持ちは、後から変わり得る
初めは難しいだけだったことが、理解できるようになると面白く感じられる場合があります。反対に、好きだったことが負担になる時期もあるでしょう。
楽しさを固定した人格特性として扱わず、生活の状況に応じて変わるものと考えることができます。以前楽しめていたのに今は楽しめないなら、原因を探し、無理をせず休むことも大切です。
「ポジティブ思考」とは限らない
苦しいことも生きている証だという言葉は、前向きな励ましとして紹介されます。しかし北野の実際の発言には、楽しいことばかりではないという現実をまず認める姿勢があります。
単に悪いことを良いことと言い換えるのではなく、不確実な人生の中でどう受け止めるかを考える短い返答だったと理解できます。ただし、本人が特定の心理学的な理論を説明したわけではありません。
周りに困っている人がいるとき
困っている人にとって大切なのは、前向きな言葉を聞くことではなく、状況を改善することかもしれません。まず本人の話を聞き、何が必要なのか確かめる方がよい場合があります。
励ましの言葉は相手によって役立つこともありますが、無理に気持ちを切り替えさせるものではありません。本人がどのように受け止めたいかを尊重することが大切です。
働くことへ応用するとき
仕事の中で難しい課題を任されたとき、その仕事に意味を感じる人もいれば、十分な支援がなく困る人もいます。本人の考え方だけで、全ての仕事の苦しさを解決できるわけではありません。
苦しさの原因が業務量や人間関係、労働環境にあるなら、改善のための対話や制度が必要です。面白さを感じられる仕事にすることは、個人の姿勢だけでなく、仕事の設計とも関係します。
そのまま受け取らずに、自分の言葉で考える
短い名言は、別の場面へ持ち込むと意味が変わりやすいものです。「苦しいことも楽しめる」と聞いて元気になる人もいれば、そう思えない人もいます。
大切なのは、誰かの人生観をそのまま自分へ当てはめるのではなく、今の自分にはどの部分が役立ち、どの部分は当てはまらないかを考えることです。強い言葉に、無理に合わせる必要はありません。
関連する本人発言
「努力をひけらかすな」は、同じ2018年のニッポン放送記事で、本人の仕事観として確認できる別の言葉です。「努力すれば必ず報われるわけではない」では著書のページ指定付き書評から、努力の結果が保証されないことと教育の役割を考えます。
出典判定と確認範囲
出典状態:意訳・文言変化。2018年のニッポン放送 NEWS ONLINEで、北野武本人が人生の楽しみ方を質問され、楽しいことばかりではない人生と苦しみの受け止め方を語った回答を確認しました。ただし旧記事の文章は報道本文と助詞・語順などが異なるため、逐語原文として引用できません。重大な苦しみや危険を耐え忍ぶべきだとする説明は、原典にないため本記事では採用しません。
資料:ニッポン放送 NEWS ONLINE・2018年ビートたけし記者発表 / ORICON NEWS・2015年北野武監督インタビュー / 北野武公式サイト。
