失注後に「予算が合いませんでした」「今回は他社で進めます」と言われたとき、CRMの理由欄へ「価格」「競合」と入力して終えていないでしょうか。しかし、相手の説明は、複数部門が関わった判断の一部分かもしれません。価格以外に導入負担、社内の説明、リスク審査、時期などが関わった可能性もあります。
失注後インタビューは、商談を取り返すための再提案ではありません。買わなかった人が実際に何を検討し、どこで困り、どう選択したかを知る調査です。この記事では依頼の仕方、対象者の選定、具体的な質問、分析までを整理します。CRM上の案件分類は「BtoB失注分析のやり方」で扱い、ここでは顧客への聞き取りに焦点を絞ります。
1.失注・延期・現状維持を混同しない
他社へ切り替えたのか、自社を選ばなかったものの導入自体を延期したのか、既存製品を使い続けたのか。これらは営業管理上同じステータスでも、相手の行動は異なります。返答が途切れただけなら「不明」を残し、競合に決まったと推測しないようにします。
- 他社採用:競合等の導入を確認できた
- 現状維持:導入を見送り、従来の方法で続けた
- 延期・保留:意思決定そのものが先延ばしになった
- 不明:相手の最終的な選択を確認できていない
2.営業が話しやすい顧客だけを選ばない
調査に協力してくれる顧客は、すべての失注先を代表するとは限りません。営業との関係が良い人に偏れば、強い不満を持っている人の声が抜ける可能性があります。企業規模、業種、検討段階、導入目的、受注・失注・保留の違いを記録し、何が欠けているのかを確認します。
英国政府の調査参加者の募集ガイドも、募集経路や参加できる時間帯による偏りを指摘しています。これはBtoB失注調査で必要な人数を保証する資料ではなく、参加者選定を点検する参考です。購買決裁者と利用部門の担当者が、別の判断材料を持つことにも留意します。
3.依頼時には「再営業ではない」ことを伝える
失注直後の連絡が再提案や値引き交渉に見えると、相手は話すこと自体を避けるかもしれません。調査の目的、所要時間、参加の任意性、録音や社内共有の扱いを先に説明します。断った相手に執拗な依頼を繰り返しません。
依頼文の一例は「今回はご契約に至りませんでしたが、選定時の経験を学び、今後の説明を改善したいと考えています。再提案ではありません。ご負担のない範囲で、30分ほど比較検討の進め方を伺えないでしょうか。参加は任意です」です。実在企業の送信文面ではなく本サイトによる例文です。
個人情報や機密を扱う場合は、個人情報保護委員会のガイドライン、取引先との契約、社内ルール等を確認します。英国政府のインフォームド・コンセントの指針も参考になりますが、英国の行政実務がそのまま日本企業の法的義務になるわけではありません。
4.「どこが悪かった?」より、判断の時系列を聞く
最初から「やはり価格が原因でしょうか」と聞けば、相手にあらかじめ用意した答えを示すことになります。最初は問題が発生した状況から聞き、比較した条件や組織内の確認へ自然に進みます。
GOV.UK「Using in-depth interviews」は、中立的で開かれた質問、実際の経験、具体的な追質問を重視しています。以下はその原則をBtoBの失注に応用した質問例です。これを順番通り読み上げることより、相手の答えを理解することを優先します。
5.そのまま使える質問例:背景・比較・判断
まず検討開始の背景を聞きます。
- 「最初に導入を考えたのは、どんな出来事がきっかけでしたか?」
- 「その問題には、それまでどのように対応していましたか?」
- 「導入することで、何を変えたいと考えていましたか?」
次に比較と合意形成のプロセスを聞きます。
- 「候補を比較するとき、どんな情報を確認しましたか?」
- 「社内では、どんな役割の方が検討に関わりましたか?」
- 「追加の確認や説明が必要になった場面はありましたか?」
- 「弊社の説明で分かりにくかった点があれば教えてください」
最後に決定時点を確認します。
- 「最終的に、どのような選択をされましたか。話せる範囲で結構です」
- 「振り返って、当時あると判断しやすかった情報は何でしょうか?」
- 「今日のお話で、こちらの理解が違っている箇所はありますか?」
競合の機密情報や社内会議の議事録を要求しません。答えにくそうな問いは飛ばし、録音が必要なら目的と保存方法を説明して適切な許可を確認します。
6.避けたい誘導質問と代わりの聞き方
- 「弊社が高かったのですよね?」→「費用面は、どのように評価しましたか?」
- 「競合製品の方が優秀でしたか?」→「比較時に重視した機能や業務条件は何でしたか?」
- 「決裁者が反対しましたか?」→「意思決定はどのように進みましたか?」
- 「この資料があれば購入しましたか?」→「当時、判断のために不足していた情報はありましたか?」
「もし資料があれば買った」という仮定の回答を、そのまま実際の購買行動の証拠にしてはいけません。また、相手が当時の会議を正確に覚えていない場合もあります。本人の発言と組織全体の決定の理由を混同しないことが重要です。
7.営業本人が聞くか、別担当者が聞くか
営業担当者との信頼関係がある方が話しやすい場合もあれば、気を遣って不満を伝えにくい場合もあります。目的に応じて、別のマーケティング担当者や調査担当者が聞く方法も検討できます。ただし、別担当者なら必ず「本音」が得られるという保証はありません。インタビュアーと相手の関係も記録します。
8.発言・仮説・次の施策を別々に記録する
例えば顧客が「予算審査の説明が大変だった」と話したとします。これは本人による経験の報告です。「価格が高すぎたから失注した」は、そこから考えられる一つの仮説でしかありません。
- 顧客の発言:「導入費と運用費の説明で追加資料が必要になった」
- 解釈の候補:「費用の内訳が不十分だった可能性がある」
- 別解釈:「審査プロセスが複雑だっただけかもしれない」
- 次の検証:「費用説明資料を限定案件で試し、具体的な質問を記録する」
上記は説明のための架空例です。本人の証言であっても全体像を網羅しているとは限りません。観察と解釈を分ける方法は「顧客インタビューの分析方法」で扱っています。
9.架空ケース:「価格負け」だけではなかった
営業がCRMに「競合より高価格」と入力した案件について、後から顧客へ聞くと、稟議の際に費用の説明資料が足りず、手続きが止まったと話したとします。ここから「値下げは不要だった」と結論づけることはできません。競合の機能、導入時期、社内調整など他の条件もあり得るためです。
しかし、仮説は「値引きが必要」一択ではなくなります。少数の案件で費用説明資料を試作し、実際の顧客の質問や営業の説明時間を確認するという小さな検証が候補になります。これは実在の案件でも成果が測定された事例でもありません。
10.CRMの理由を上書きせず、証拠を追加する
当時の営業記録を消して後から「真の理由が判明」と書き換えると、観察と後知恵の区別がつかなくなります。案件ID、調査日、相手の役割、当初の営業判断、本人の発言、未確認事項、調査から生まれた仮説、次の担当者を分けて残します。
少数の失注インタビューで「市場の何%が価格で離脱した」といった割合を推定しないでください。回答者の選定・非回答者の傾向を踏まえた別の調査設計が必要です。まとめ方には「調査結果の1ページ報告書」を使い、元の記録の保管や共有には「調査記録の保管・再利用」を参照してください。
実施前のチェックリスト
- 失注・延期・現状維持・不明を混同していない
- 話しやすい顧客だけに偏っていない
- 調査の目的と参加の任意性を伝えている
- 再営業・値引き交渉と区別している
- 個人情報や録音の取り扱いを確認している
- 実際に起きた出来事から聞く構成になっている
- 顧客の発言と自社の推測を区別できる
- 次に何を検証するか、判断保留も含めて決めている
まとめ:買わなかった理由を、決めつけずに理解する
失注後の調査は、営業の責任追及でも相手の説得でもありません。選ばなかった人が何を目指し、何を確かめ、どこで判断に迷ったのかを理解する仕事です。「価格」「競合」という便利なラベルの裏にある事実と不明点を分けることで、次の商談や購買支援の改善につながる仮説を作れます。
参考資料と適用範囲
- GOV.UK「Using in-depth interviews」:中立的な質問、追質問、実際の経験の聞き方
- GOV.UK「Finding participants for user research」:調査対象者の募集時の偏り
- GOV.UK「Getting informed consent for user research」:調査参加とデータの取扱いに関する説明
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」:日本の個人情報の利用目的・適切な取扱い
英国政府のユーザー調査指針はBtoB失注案件だけを対象に効果を実証した研究ではありません。本記事の質問例・架空ケース・チェックリストは本サイトによる編集上の提案です。