『すずの兵隊』原作のあらすじと結末|一本足の兵隊が心臓になった理由

25人のおもちゃの兵隊が、一つの箱から出てきます。そのうち一人だけは、片足しかありません。材料のすずが足りなくなったためです。それでも兵隊は、ほかの兵隊たちに負けず、真っすぐ立ち続けます。

アンデルセンの『すずの兵隊』は、つらい目にあっても揺るがない主人公の物語として読まれてきました。しかし、原作の結末は幸福な結婚でも、元の暮らしへの無事な帰還でもありません。 片足の兵隊と紙でできた踊り子は、最後に火の中で失われます。

ここでは1838年に刊行された『Den standhaftige Tinsoldat』の物語を、古い英訳の本文とアンデルセン研究センターの刊行記録から確認します。読み聞かせ用に作られた改作と原作とを混同せず、何が書かれているかを確かめましょう。

『すずの兵隊』の作者・原題と初刊

作者はデンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン。原題は Den standhaftige Tinsoldat です。日本語には『すずの兵隊』『一本足の兵隊』『しっかり者のすずの兵隊』などの題名があり、英語では The Steadfast Tin Soldier や The Hardy Tin Soldier と訳されます。

南デンマーク大学のアンデルセン研究センターの刊行年譜では、1838年10月2日に『子どものための童話』新集第1冊が刊行され、『すずの兵隊』『ひなぎく』『野の白鳥』の三作品を含むことが確認できます。ここでいう1838年は、単なる「昔々」という設定年ではなく、公刊に関する記録です。

あらすじ1――片足の兵隊が紙の踊り子に出会う

ある少年の誕生日に、同じ古いすずのスプーンから作られた25人の兵隊が贈られます。兵隊たちは同じ姿をしていますが、最後に鋳造された一人だけは、材料不足で片足です。彼はそれでも、片足でしっかりと立っています。

部屋には紙の城があり、その入り口に紙製の美しい踊り子が立っています。踊り子は片足を高く上げているため、兵隊には自分と同じ片足に見えました。この誤解が、彼が踊り子に惹かれる理由の一つになります。

踊り子が本当に片足というわけではありません。 見えないところにもう一方の足を伸ばしているのです。兵隊は、自分と似た存在を見つけたと思いますが、二人の関係は最初から見間違いの上に成り立っています。

あらすじ2――窓から落ち、紙の舟に乗せられる

夜になるとおもちゃたちが騒ぎ出し、煙草入れのような箱から小さな魔物が現れ、兵隊に踊り子を見つめるなと警告します。翌日、兵隊が窓辺に置かれると、窓が開いて外へ落ちてしまいます。

古い英訳本文では、この落下は魔物のせいだったのか、風のせいだったのか確定していません。物語の語り手は、兵隊に起こる不幸の原因をすべて説明してくれるわけではないのです。

雨の中、通りかかった二人の少年が新聞紙の舟を作り、兵隊を流します。舟は溝から暗い排水路へ入り、途中には通行証を要求する大きなネズミが現れます。兵隊は何も答えず、ただ銃を構えた姿勢を守ります。

舟が激流に押されて壊れると、兵隊は水に沈み、大きな魚にのみ込まれてしまいます。波も魚の腹も、片足の小さな兵隊には自分で選べない世界です。

あらすじ3――魚のお腹から戻った先に待つもの

その魚は漁獲され、市場で売られ、台所で切り開かれます。魚の腹から兵隊を取り出した人たちは驚きますが、もっと不思議なのは、兵隊が以前いた家へ戻っていたことです。紙の城と踊り子も、そのままそこにあります。

兵隊は、ずっと片足で立つ踊り子を再び見ます。二人は向かい合いますが、言葉を交わしません。ここまでの物語を読んでいると、奇跡のような帰還が幸福な結末につながると期待するかもしれません。

しかし、ある少年が兵隊を暖炉に投げ込んでしまいます。本文は、少年がなぜそんなことをしたのかを明示しません。魔物が原因だったのだろうという語りはありますが、少年の動機を事実として断定することはできません。

原作の結末――兵隊に残った「すずの心臓」

火の中でも、兵隊は構えを崩しません。踊り子を見る兵隊は、火の熱なのか、恋心の熱なのか、自分でも区別がつかないまま溶けていきます。

やがて風が入り、紙の踊り子まで暖炉に飛び込んで燃えてしまいます。翌朝、灰を片づけた女中が見つけたのは、小さな心臓の形になったすずの塊です。踊り子の方は、焼けて黒くなった飾りを残すだけでした。

原作には、二人が炎の中で会話して幸福になったという説明はありません。「心臓の形」は愛の象徴として読むこともできますが、原文が人間の命の救済や死後の結婚を描写しているわけでもありません。

「しっかり者」は、何をしても報われるという意味ではない

原題の standhaftige は、揺るがない、しっかりと持ちこたえるという意味合いを持つ語です。兵隊は落下、濁流、魚の腹、火の中でも姿勢を崩しません。しかし、その強さが必ずしも生存や幸福という報酬に変わるわけではないことが、この作品の苦い部分です。

だから「頑張れば最後は成功する」という成功譚だけに読み替えると、結末が説明しづらくなります。むしろ、自分には変えられない事態が続く中でも、その人のあり方はどう表れるのかという問いが残ります。

一方で、兵隊が黙り続けることを理想化しすぎる必要もありません。私たちが現実に困ったときは、声を上げて助けを求めることも大切です。物語の「立ち続ける兵隊」と、現実の人間への行動指針は区別して読みたいところです。

踊り子の片足は、兵隊の誤解だった

この作品でもう一つ興味深いのは、兵隊が紙の踊り子の姿を見て「自分と同じ片足なのだ」と思うところです。実際には踊り子は脚を高く上げているだけで、兵隊は真実を知りません。

相手が自分と似ていると感じることから恋が始まる。しかし、私たちはしばしば相手の全体ではなく、見えている一部分だけを手がかりに想像を広げます。この読みは編集上の解釈ですが、「何を知っていて、何を思い込んでいるのか」という細部に注目すると、短い童話に別の奥行きが生まれます。

子どもに読むときには結末をどう扱う?

おもちゃが傷ついたり、火で焼失したりする描写があるため、幼い子どもに読み聞かせる際には注意が必要です。無理に明るい結末だと説明するより、年齢や感じ方に合わせて、「兵隊はどうして言葉を発しなかったと思う?」「踊り子には兵隊の気持ちが伝わっていたかな?」と問いかける方法もあります。

アンデルセンの別作品である『雪の女王』は、カイとゲルダが帰郷する結末を描きます。一方『すずの兵隊』は、元の場所に戻っても幸福には終わりません。同じ作者が描く二種類の結末を読み比べること自体に価値があります。

まとめ――報われない結末が問いを残す

『すずの兵隊』の原作では、片足の兵隊が流され、魚にのみ込まれ、元の部屋へ戻った後、最後は暖炉で溶けます。残るのは心臓の形をしたすずの塊です。

その結末を「かわいそう」「美しい」「納得できない」と感じることも含めて、作品の読みは成立します。何が起こるかを支配できない兵隊が、何を守り続けたのか。答えを一つに固定せず、原作の細部から考える童話です。

ほかの原作や異版は、童話・寓話の案内から探せます。

主な資料と確認範囲

資料の限界: 古い英語翻訳を照合した内容の独自要約です。1838年のデンマーク語原刊本の現物を実見したわけではありません。『一本足の兵隊』等の日本語題や再話が存在することは確認できますが、個別の現代日本語翻訳・絵本の文言を本文へ転載していません。

次の問いを探す

言葉・人物・作品・仕事など、気になるキーワードからほかの記事へ。

分野から読む: 名言・思想 / BtoBマーケティング / キャリア・仕事

記事の記述・出典に誤りや疑問点がありましたら、お問い合わせから該当記事のURLと確認できる資料をお知らせください。内容を照合し、必要に応じて訂正します。

編集方針と運営者について →