はじめに――『ジャングル・ブック』の原作は一つの長編なのか
『ジャングル・ブック』と聞くと、オオカミに育てられた少年モーグリと、トラのシア・カーンの対決を思い浮かべるかもしれません。しかし1894年のラドヤード・キプリングの原作は、モーグリの物語だけでできた一冊ではなく、複数の独立した物語を収めた短編集です。
映画やアニメでは一続きの冒険として描かれることがありますが、原作にはアザラシ、マングース、象、軍用動物を主人公とする話も並びます。原作の構成を知るだけで、映像版との違いを整理しやすくなるでしょう。
この記事では1894年刊の『The Jungle Book』を基準に、収録作品、モーグリとシア・カーンの対決、最後の話の内容を確認します。別冊『The Second Jungle Book』(1895年)を混ぜず、最初の一冊に何が書かれているかを解説します。
1894年刊の構成――モーグリの話だけではない
米国議会図書館には1894年刊の『The Jungle Book』が登録され、目次の詳細まで確認できます。巻頭の「Mowgli’s Brothers」「Kaa’s Hunting」「Tiger! Tiger!」はモーグリを中心とする話です。最初の三つの物語を通して、ジャングルで育った少年の立場が変わっていくのです。
一方、その後には「The White Seal」「Rikki-Tikki-Tavi」「Toomai of the Elephants」「Her Majesty’s Servants」という異なる物語が登場します。各話の間には歌や詩も挟まれています。すべての章でモーグリが次々と冒険する構成ではありません。
原作を初めて読む際には、こうした目次を地図として使うと便利です。モーグリ編がひと区切りついたあとも別の動物の物語が続くことを知らないと、「途中で主人公が消えた」と感じるかもしれません。一冊の題名と、収められた複数の物語を区別することが最初のポイントです。
モーグリの始まり――オオカミの家族とジャングルの掟
「Mowgli’s Brothers」では、人間の幼い子どもがオオカミの家族に迎え入れられます。危険なトラのシア・カーンは少年を獲物として狙いますが、父母オオカミやアキーラ、バギーラ、バルーらが関わり、モーグリは群れの一員として育ちます。野生の世界にも、群れを守る約束や学ぶべき掟が描かれます。
モーグリはオオカミの子どもたちと育ちながら、人間であるために他の動物と同じではいられない場面に出会います。人間の火への恐れも、動物たちの反応を変える重要な要素です。家族の愛情と、異なる存在として見られる不安が同時にあるのが物語の複雑さです。
次の「Kaa’s Hunting」では、サルの群れに連れ去られたモーグリを、バルーやバギーラ、ニシキヘビのカーが救う流れになります。カーは必ずしもモーグリを狙う敵として描かれるわけではありません。映像版のキャラクター像を原作へそのまま当てはめないことが大切です。
「Tiger! Tiger!」の結末――シア・カーンはどうなる
三つ目のモーグリ編「Tiger! Tiger!」で、モーグリは人間の村に身を寄せます。そこで暮らしを学ぼうとしますが、村人たちとの関係は容易ではありません。ジャングルの動物にとっても、人間の集落にとっても、モーグリは境界にいる存在として描かれます。
モーグリはシア・カーンの居場所を知り、オオカミの仲間たちと協力して牛や水牛の群れを動かします。その結果、シア・カーンは家畜の群れに踏まれて死ぬという結末を迎えます。映画で描かれる別の対決方法と混同しないことが重要です。
しかし敵のトラを倒したからといって、村ですべてがうまくいくわけではありません。モーグリは人々から警戒され、結局またジャングルへ向かいます。この一冊のモーグリ編は、単純な勝利で人間社会に落ち着く幸福な結末ではないのです。
アザラシとマングース――他の物語にも独立した結末
「The White Seal」は、白いアザラシのコチックが、自分たちの仲間が狩られることのない場所を探し求める物語です。主人公はモーグリではなく、危険を避けられる住みかを探すアザラシです。舞台もインドのジャングルから海へ移ります。
「Rikki-Tikki-Tavi」では、マングースのリッキ・ティッキが、庭で暮らすコブラのナグとナガイナに立ち向かいます。人間の家族を守ろうとする行動と、庭の動物たちとの関係が軸です。リッキ・ティッキはモーグリのペットではなく、別の物語の主人公であることを押さえたいところです。
さらに象に関する「Toomai of the Elephants」や、軍用動物の会話を描く「Her Majesty’s Servants」も収録されています。最後にモーグリが現れてすべてをまとめるという構成ではありません。別々の主人公を通じて、人と動物、自由と規律の関係を多面的に描く短編集と見る方が原作に近いでしょう。
まとめ・原典――映像版を知っていても驚く一冊
1894年刊『ジャングル・ブック』は、モーグリの三つの物語を含む複数の短編からなる作品です。シア・カーンはモーグリの策によって家畜の群れに倒されますが、そこで人間の村に定住して終わるわけではありません。
原作の魅力は、動物が話す楽しさだけでなく、群れの規則、仲間を守る行動、異なる世界の間にいる者の孤独にもあります。当サイトの『トム・ソーヤーの冒険』の原作解説や『宝島』の原作解説と比べると、冒険物語が描く自由や責任の違いを考えられるでしょう。
原典・版:Rudyard Kipling, The Jungle Book(1894年版の英語テキスト、Project Gutenberg)、米国議会図書館「The jungle book」(1894年刊行資料・目次)。原著者キプリングは1936年に没しており、原著作と現代日本語訳・挿絵・映像化作品の権利は別々です。ここでは原作をもとに独自に要約し、現代訳や映画の文章・画像は転載していません。