はじめに――『海底二万里』の「二万里」は深さではない
ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』は、未知の潜水艦ノーチラス号とネモ船長を描いた19世紀の冒険小説です。題名だけを見ると、海の底へ二万里も潜る話だと思うかもしれません。しかし、「二万里」は深海の深さではなく、海の中を旅した距離を指す表現です。
原題はフランス語で『Vingt mille lieues sous les mers』。1869年から1870年に連載され、のちに刊行されました。一つの海の底だけでなく、世界のさまざまな海域を巡る旅という意味も複数形の「mers」に表れています。
この記事では1870年刊のフランス語本文と、歴史的な英語訳を区別して参照し、アロナックス教授、ネッド・ランド、コンセイユの冒険をたどります。特に最後にネモ船長とノーチラス号がどうなったのかを、結末の原文で確認します。
怪物の正体――ノーチラス号との出会い
物語は1866年、海で謎の巨大な生物が目撃されるところから始まります。船を傷つけるため、世界中で騒ぎになっていたのです。海洋研究者のアロナックス教授は、従者コンセイユ、銛打ちのネッド・ランドらと調査船に乗り、正体不明の存在を追う航海に参加します。
追跡の末、教授たちは海へ投げ出され、巨大な物体にたどり着きます。それは海獣ではなく、人の手で作られた潜水艦ノーチラス号でした。自然の怪物だと思っていた存在が、人間の科学技術による秘密の船だったという逆転が冒険の入口です。
艦を率いるのはネモと名乗る謎の船長です。ネモは独自の技術と豊かな知識で海中を自在に航行しますが、教授たちを自由に帰してくれません。世界を探検するという魅力と、海上へ戻れない不自由さが同時にあるのがノーチラス号での生活です。
海底の旅――科学の驚きとネモ船長の謎
ノーチラス号で教授たちは、海底の森を歩き、サンゴの墓地を訪れ、インド洋など各地の海を巡ります。電気で動く船の仕組みや水中の生物の描写には、当時の科学への期待が詰まっています。未知を発見したいという研究者の興奮が、読む側にも伝わる部分です。
一方、ネッド・ランドは自由を奪われた状況に耐えられず、脱出の機会を探し続けます。アロナックスは珍しい生物や景色に魅了されますが、教授が知識を得たいと思うほど、その旅が彼らの望んだものなのかという疑問も強まります。知識の豊かさと、本人たちの自由は別の価値なのです。
ネモ船長は陸上の社会から距離を置き、自分の過去について多くを語りません。海の中で弱者を助ける姿を見せる一方、激しい敵意をあらわにする場面もあります。優れた科学者であることと、その行動のすべてが正しいことは同じではないという複雑な人物として描かれます。
旅の終盤――船長の復讐と脱出の機会
終盤になると、ノーチラス号は北の海へ進みます。ある船との対立が激しくなると、ネモは相手の船を攻撃し、沈めてしまいます。アロナックスはその出来事に強い衝撃を受けます。これまで感嘆してきた技術が、人の命を奪う力にもなると突きつけられるからです。
ネモ船長の背景には大きな喪失と怒りがあると示唆されますが、この作品だけで彼の過去のすべてが明かされるわけではありません。知らない情報を後の別作品の設定で補い、最初の一冊の中で判明したことのように書かない方が正確です。
アロナックス、ネッド・ランド、コンセイユは、機会を見つけて船から離れようとします。しかし、脱出の直前、ノーチラス号は危険な海流へ向かっていました。海の驚異を追いかけて始まった旅は、最後に生きて地上へ戻れるかという危機へ変わります。
原作の結末――ネモ船長は本当に死んだのか
フランス語原作の第二部最終章「Conclusion」では、三人はノーチラス号から小艇で脱出し、ノルウェー近海の渦潮メールストロムに巻き込まれます。アロナックスは、どう脱出できたのか自分にも分からないと述べています。逃走の詳細はすべて説明されるわけではありません。
気がつくと教授はノルウェーのロフォーテン諸島にある漁師の小屋で横になり、ネッド・ランドとコンセイユも無事でした。三人が生きて逃げ延びたことは、原文で明確に確認できる事実です。
ところがノーチラス号は渦潮の圧力に耐えられたのか、ネモ船長は生きているのか、と語り手自身が問いを残します。この作品の結末だけでネモの死亡やノーチラス号の沈没を断定することはできません。後の作品を知っていても、ここでは最初の物語に残された不確実性を尊重したいところです。
まとめと原典――科学と自由が交わる海の冒険
『海底二万里』は、海の深さ二万里を潜る小説ではなく、海中を長距離航海した物語です。科学の力を集めたノーチラス号に乗り、三人の乗客は世界の海を巡ります。驚くべき発見が続く一方、自由を奪われた人々の苦しみも描かれていることを忘れてはいけません。
結末ではアロナックス、ネッド・ランド、コンセイユの三人が脱出しますが、ネモ船長の最終的な行方はこの一冊では不明です。同じ冒険小説を比較するなら『宝島』の原作あらすじと結末、科学と想像力の関係を考えるならケネディの月探査演説も参考になります。技術への期待と、その使い方への問いが両立するところに、この作品の面白さがあります。
原典:Jules Verne『Vingt mille lieues sous les mers』第二部第23章「Conclusion」(1870年フランス語原文)、Project Gutenbergフランス語原文、歴史的英語訳『Twenty Thousand Leagues under the Sea』(Project Gutenberg #164)。フランス語原著と英語訳の省略・訳語の可能性を区別し、現代日本語訳・現代の英訳・挿絵を転載せずに独自に要約しました。