はじめに――「やり抜く力」は何を意味するのか
すぐに結果が出ない目標に向かうとき、才能よりも粘り強さが重要だと感じることがあります。心理学者アンジェラ・リー・ダックワースは2013年のTED講演で、長期的な目標への情熱と粘り強さを「Grit(グリット)」と呼んで説明しました。「つらくても絶対に辞めるな」という単純な根性論とは、少し違う概念です。
講演の英語タイトルは「Grit: The power of passion and perseverance」。ここでのpassionは一瞬の熱狂だけでなく、長い期間にわたり関心を持ち続けることを含みます。気分が高まった一日ではなく、何年ものあいだ目標に向き合う姿勢が中心です。
この記事ではTEDが公開する2013年の講演と、ダックワースらが2007年に発表した研究論文の要約を参照します。研究で観察された関連と、努力すれば必ず成功するという因果の断定を分けることが、言葉を正確に理解するための出発点です。
2013年4月TED講演――数学教師から始まった疑問
TED公式記録によれば、講演は2013年4月に公開された正式なTEDカンファレンスの発表です。ダックワースはコンサルティングの仕事から中学校の数学教師に転じ、生徒の成績が知能だけで決まるわけではないことに関心を抱きました。日々の教室で感じた疑問が、その後の研究テーマにつながっているのです。
この話は、学校の授業では才能がまったく重要ではないと証明したエピソードではありません。異なる生徒が同じ課題にどう取り組むかを見て、能力とは別の要因を調べる必要を感じたという経緯です。一人の教師としての観察と、その後の学術的な検証を混ぜないようにしたいところです。
TEDはこの発表に文字起こしを用意し、TED-Edでも関連教材を公開しています。講演を聞いた人の感想ではなく、主催団体が保存した講演と学習資料にさかのぼれるため、題名や主張の所在は明確です。
2007年の研究――「情熱」と「粘り強さ」の定義
ダックワースらの2007年論文の題名は「Grit: Perseverance and Passion for Long-Term Goals」です。論文はGritを長期的な目標に対する粘り強さと情熱として定義し、成人や大学生、軍学校の候補生、スペリング大会の参加者などを対象に調べました。講演で知られる言葉は、すでに発表されていた研究の概念に基づいています。
この研究の要約では、複数の成果指標に対する説明力は平均約4%だったと報告されています。これは無意味ということではありませんが、Gritだけで成功の大部分が説明できるという結果ではないことを意味します。知的能力や環境、機会など、ほかにも重要な要因があります。
論文はGritと知能指数が同じものではないことや、誠実性という性格特性との関連が強いことも報告しています。新しい言葉を紹介するときほど、既存の概念と何が重なり、どこに追加の意味があるかを確認する必要があります。
「才能より努力」と言い切ってよいのか
講演では知能の高さだけでは十分でないという話が強調されます。しかし「才能は必要ない」とまでは言っていません。読み書きや専門的な知識、教えてくれる人、使える時間、健康状態も成果に関わります。努力は重要な要素でも、ほかの条件を置き換える万能な鍵ではないのです。
また、研究である性格特性と成績に関連が見つかっても、個人に「もっと頑張れ」と命じれば成績が上がるとは限りません。測定した関連と、働きかけによって結果が変わるという因果関係は別です。心理学の研究を個人への叱責の根拠にしないことが必要です。
とくに学校や職場では、十分な機会を得られない人に努力不足という理由だけを押しつけることがあります。困難の背景には、教育や経済面の制約もあります。個人の粘り強さを考えると同時に、続けられる環境を整えることも重要でしょう。
長期目標のために何を続け、何を変えるか
Gritを日常に生かすときは、目標と手段を分けて考えると役立ちます。たとえば語学を身につけたいという目標は続けながら、合わない教材を別の方法へ変更することはできます。長期的な方向を持つことは、同じ方法を意地でも繰り返すことではないのです。
うまくいかなかったときには、何が改善できるのかを振り返り、必要なら休息や支援を得ます。続けるべきかを判断する材料は、費やした時間の長さだけではありません。今の目標が本人にとって大切か、現実的な負担で取り組めるかを確かめることも必要です。
失敗から学ぶという観点では、当サイトのマイケル・ジョーダンの1997年広告と失敗の解説が参考になります。またブレネー・ブラウンのTED講演と比べると、成果を出す粘り強さと、不完全な自分を受け止める態度を別々に考えることができます。
まとめと出典――「やり抜く力」を過大評価しない
2013年のTED講演でダックワースが紹介したGritは、長期的な目標への情熱と粘り強さです。短期間の努力や精神力の強さだけでなく、時間をかけて関心と行動を維持することを指します。
一方、2007年の研究には予測力の限界も明示されています。努力を重ねる価値を認めつつ、無理を強いたり、成果が出なかった人を責めたりしないことが大切です。目標を大事にすることと、状況に応じてやり方を変えることを両立させる考え方として読めます。
資料:TED公式「Grit: The power of passion and perseverance」(2013年4月)、Duckworthほか「Grit: perseverance and passion for long-term goals」(2007年論文の書誌・要約、PubMed)、TED-Ed公式学習教材。講演と研究論文の主張を区別し、著作権がある原稿の長文翻訳・転載は行っていません。