はじめに――優れた技術は誰のためにつくるのか
新しい技術を見たとき、処理速度や機能の多さに目を奪われることがあります。しかし、それがどんな人の困り事を解決するのかが分からなければ、便利さを実感できないかもしれません。Microsoftのサティア・ナデラは2017年に、技術革新の出発点として他人の問題への共感を重視しました。
同年10月、著書『Hit Refresh』の英国発売に合わせた発言で、ナデラは「great innovation comes from the empathy」という趣旨を語っています。ここでは「優れた革新は共感から生まれる」と表現します。共感を単なる気分のよさではなく、人が抱える問題を理解するための手がかりとして位置づけた言葉です。
一次資料は2017年10月6日付Microsoft英国公式記事です。本人の発言が引用され、AIの設計と意図しない影響についても言及しています。著書の文章を長く転載するのではなく、当時の本人発言を中心に、仕事や日常へ応用できる意味を考えます。
「顧客の望み」はいつも言葉になるとは限らない
人は困っていることを常に明確に説明できるわけではありません。操作が難しいと感じていても、どこを直してほしいかまで分からない場合があります。ナデラは、まだ言語化されていない顧客の必要に気づくことを重要な革新の源泉だと語りました。顧客が出した要望だけを満たすのではなく、その背景にある不便さを理解しようとする姿勢です。
例えば職場で新しいソフトウェアを導入したとき、担当者からは「入力が面倒」という声だけが聞こえるかもしれません。実際には同じ内容を何度も転記する業務の設計に問題がある場合もあります。人の行動をよく見て、なぜ負担が生まれているのかを尋ねることで、解決策の幅が広がります。
もっとも、共感したつもりで相手の気持ちを決めつけてはいけません。実際の利用者へ確かめ、調査や利用記録と照らし合わせる必要があります。共感は検証の代わりになるものではなく、何を検証すべきか考えるための入口なのです。
AIの時代だからこそ必要になる人間の判断
2017年の発言では、人工知能が広く利用される未来を見据え、人間の特質として共感がますます大切になると述べています。大量の情報を扱える技術が増えるほど、それを使う人が何を大切にしているのか確かめる必要があるという見方です。
ナデラは、AIが生活を助ける可能性と、設計者が意図しなかった悪影響の両方に触れました。だからこそ、つくる側が責任を引き受け、人間の力を広げる設計を意識すべきだとしています。できることが増える技術と、してよいことを判断する責任を分けて考える必要があります。
この主張を、AIが人間の気持ちを理解できないと証明した発言として扱うのも適切ではありません。技術の能力や限界は用途と時点によって変わります。本人が2017年に示したのは、技術開発において人間への影響を中心に置くべきだという設計上の価値判断です。
「共感できるリーダー」への誤解
共感を重視するリーダーというと、どんな意見にも優しく賛成する人を思い浮かべるかもしれません。しかし、利用者の問題を理解した結果、実現が難しい要望を断らなければならない場面もあります。相手の事情を尊重することと、判断を曖昧にすることは同じではありません。
仕事には予算、納期、安全性などの制約があります。その条件を隠して期待を膨らませるより、実現できる範囲を丁寧に伝えるほうが信頼につながることもあるでしょう。相手が何に困っているかを理解したうえで、できることとできないことを説明することが重要です。
また、共感を掲げる会社のすべての行動が自動的に正しくなるわけではありません。製品の使いやすさや公平性は、利用者の実際の経験によって評価すべきです。経営者の理念と、組織が実現できた成果を区別する姿勢を持ちたいものです。
今日からできる「共感から始める」実践
新しい企画に取り組むときは、最初に使う人の一日を想像し、実際に話を聞いてみます。どの作業が負担になっているか、なぜそれが必要なのかを確かめるのです。技術や機能を決める前に、解決したい問題を具体的にすることが出発点になります。
次に、聞いた意見をそのまま正解にせず、小さな試作品や説明資料で確かめます。別の利用者から違う意見が出るかもしれません。一人の声を尊重しながら、さまざまな人の条件を比較すると、思い込みを減らせます。
他者へ機会を開く視点はケイト・ブランシェットの受賞スピーチ、協働する姿勢はエイミー・ポーラーの卒業式演説ともつながります。人の声を聞き、行動と結果に結びつけることが重要です。
まとめ――共感は問題を見つける力
ナデラが2017年に語った「革新は共感から」という考えは、優しさだけで事業が成功するという意味ではありません。技術が解決するべき問題を見つけるには、実際に使う人の生活や困難を理解する努力が必要だという主張です。
優れた製品には技術力が欠かせませんが、それが役立つかどうかは人の状況に左右されます。相手の声を聞き、試して確かめ、うまくいかなければ直す。共感と検証を組み合わせれば、機能の多さでは測れない価値を考えられます。
出典はMicrosoft英国公式の2017年10月6日付本人発言記録とMicrosoft公式の著書紹介です。発言の一部だけを短く引用し、書籍・講演全文や既存訳文は転載せず独自に解説しました。