はじめに――急ぐことは、考えないことなのか
変化の速い時代には、早く動くことが大切だと言われます。しかし急ぐあまり、判断を誤ることもあるでしょう。NVIDIAの創業者ジェンスン・フアンは2023年の台湾大学卒業式で、挑戦をためらわず前進するよう卒業生に呼びかけました。
演説の短い言葉は「Run. Don’t walk」。日本語では「歩くな、走れ」という意味です。慎重さを捨てて無謀に進むという話ではなく、機会に向かって動きながら、失敗に気づいたら態度を変えることも含んだ助言として読む必要があります。
2023年5月27日の台湾大学卒業式で語られた発言は、大学公式記録とNVIDIA公式ブログで確認できます。三つの事業上の失敗や撤退を経て、どんな判断を重視するようになったかという文脈から読み解きます。
セガとの仕事で間違いを認めた
フアンが紹介した最初の経験は、NVIDIA創業初期のゲーム機向け技術開発です。同社はセガとの仕事を進めていましたが、開発を続けるうちに自社の技術戦略が誤っていると判断しました。契約を得たことと、開発方針が正しいことは同じではなかったのです。
間違いを認めることは簡単ではありません。時間や資金を使ったあとほど、取り返そうとして同じ方向へ進み続けたくなるからです。フアンは方針の問題を認め、助けを求めた経験が会社を救ったと語りました。失敗そのものより、失敗を隠さず必要な支援を求めた判断が重要です。
もっとも、他社との契約を途中で見直せば必ず救われるという意味ではありません。事業の条件や契約上の責任によって結果は異なります。自分たちの判断を検証し、問題があれば関係者と正面から話し合うという行動を学べます。
CUDAへの長い投資はすぐには報われなかった
二つ目の経験は、2007年頃から本格化したGPUを画像以外の計算にも生かすCUDAへの投資です。新しい基盤を普及させるには長い時間が必要で、当初は成果が見えにくい事業でした。将来の可能性を信じながらも、短期的には厳しい評価に直面したとフアンは振り返っています。
後に機械学習やAIが発展したことでGPUの役割は大きく広がりました。しかし当時、現在の結果を確実に予想できていたわけではありません。後から成功した投資だからといって、当初の不確実性まで消して考えないことが大切です。
仕事でも、時間がかかる取り組みを続けるべきか判断に迷うことがあります。理念だけで続けるのではなく、技術的な進歩や使う人の反応、資金などを見て検討します。長期の構想を持つことと、途中経過を点検することは両立します。
スマートフォンから撤退した判断
三つ目は、スマートフォン向けの事業から退いた経験です。フアンは市場の変化を見て、同じ場所で競争し続けるよりも、新しい分野へ力を振り向ける判断をしました。一度挑戦した事業をやめることも、次の機会をつくる行動になり得るという例です。
「走れ」という言葉と「撤退」は矛盾しているように見えます。しかし、目的と手段を分ければ話は変わります。目指す技術上の価値を考え直し、別の方法を選ぶことも前進だからです。過去に費やした費用だけを理由に、将来の資源配分を決めないことが重要です。
もちろん、撤退は常に正解ではありません。市場の成長、競争環境、顧客への責任などを確かめる必要があります。経験談から学ぶのは特定の市場を避ける方法ではなく、変化に応じて判断を更新する姿勢です。
AI時代の「走れ」を自分に応用する
2023年の演説では、40年前のパソコンと半導体の変化に対し、卒業生がAIの新しい段階へ立っていると説明しました。技術の転換点では、新しい道具を使う側にも学び直しと試行錯誤が必要になるという主張です。
たとえばAIを業務で試すなら、小さな作業に導入して精度や労力を測り、不適切な用途を見つけたら中止できます。何も調べず大きく導入することが「速さ」ではありません。失敗を早く発見できる範囲から実験し、判断を更新することも素早い行動です。
長く学び続ける姿勢についてはオルハン・パムクの創作と忍耐に関する講演、相手の困難を理解してから設計することはサティア・ナデラの共感と技術革新とも関連します。勢いだけでなく、学習と検証を伴う速さを考えたいところです。
まとめ――失敗を認めて前進できるか
ジェンスン・フアンの「歩くな、走れ」は、全員が同じ速さで働くべきだという命令ではありません。機会を逃さず行動することに加え、失敗を認め、助けを求め、必要なら進路を変えるという経験に裏づけられた助言です。
速さは、何も考えずに動くことではなく、学んだことを次の判断へ生かすためにも必要です。生活や健康を犠牲にして働くことと混同しないようにします。持続的に挑戦するためには、休息や周囲との協力も必要です。
一次資料は台湾大学の2023年5月27日卒業式公式記録とNVIDIA公式ブログの当該演説記録です。本人の短い英語表現のみ引用し、演説全文や既存訳文は転載していません。