はじめに――「分からない」と言える人は弱いのか
何かを尋ねられたとき、「分からない」と答えるのが恥ずかしいと感じることがあります。仕事や勉強に慣れているほど、すぐに答えられない自分を責めてしまうかもしれません。ポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカは1996年のノーベル文学賞講演で、「分からない」という短い言葉の大切さを語りました。
公式英訳に登場する表現は「I don’t know」。日本語では「分からない」です。知識を得ることを諦める言葉ではなく、まだ見つけられていない疑問を受け止め、次の探究へ進むための言葉として説明されています。
講演は1996年12月7日、ノーベル文学賞受賞に際して行われました。公式サイトにはポーランド語の講演と、英訳者を明記した英語版が掲載されています。本人の言葉の意味と、翻訳を通して読んでいることを区別しながら考えます。
詩人だけが「ひらめき」を持つわけではない
シンボルスカは講演の冒頭で、詩について説明することは自分にとっても簡単ではないとユーモアを交えて話しました。そして、創作のひらめきは詩人や芸術家だけの特権ではないと述べます。仕事への好奇心や想像力を持って取り組む人にも、新しい発見は訪れるという見方です。
彼女は医師、教師、庭師などを例に挙げています。それぞれの仕事では、予想どおりにならない問題が起き、新しい工夫が必要になるでしょう。同じ作業を繰り返すだけに見える職業にも、毎日違う問いを見つけられる余地があるという指摘です。
ただし、楽しんで仕事をすれば必ずよい結果が出るという意味ではありません。職場の安全性や働く条件、必要な技能が整っていることも重要です。仕事への愛情を個人の努力だけに還元せず、好奇心を生かせる環境を考えることも大切です。
答えを得ても、新しい問いが残る
講演の中心にあるのは、知識の終点を決めないことです。一つの問題に答えが見つかっても、その過程で新しい疑問が現れます。学ぶことは正しい答えを集めて終わる活動ではなく、答えから次の問いを生み出す営みだと考えられます。
たとえば歴史上の出来事を学ぶとき、年号や人物名が分かっただけでは、なぜその選択が行われたのかまでは見えてきません。そこで資料を読み比べれば、当時の人々が異なる状況で判断していたことに気づくでしょう。新しい事実を知ったときに、もっと確かめたいことを見つける姿勢が役立ちます。
一方、すべてを疑い続けて何も決められない状態になる必要はありません。仕事には期限があり、現時点の情報で判断しなければならないこともあります。分かっていることと不確かなことを分け、必要な範囲で決めたあとも学びを続けるという方法があります。
ニュートンとキュリー夫人が例に出る理由
シンボルスカは、ニュートンが身近な出来事に疑問を持たなかったらどうなっていたか、と想像を広げます。また、同じポーランド出身のマリー・キュリーが「分からない」を繰り返したからこそ探究を続けたと話します。身近なものを当然とせずに問い直すという姿勢を、科学者たちの例に託したのです。
これらは詩人が講演で用いた文学的な例です。ニュートンのリンゴの逸話を歴史的事実として証明したり、キュリーの実際の発言を記録したりする資料として扱うべきではありません。講演中の想像上の場面と、科学史の一次資料を混同しないことが必要です。
科学も文学も、まだ理解できていないことを扱いますが、その方法は同じではありません。科学では観測や実験によって説明を検証しますし、詩では言葉によって新しい見方を示せます。異なる方法で探究する人々に共通する好奇心を見出したと捉えられます。
「当たり前」を見直すと日常が変わる
講演の終盤でシンボルスカは、詩の言葉にとっては一つの石や雲、いつもの一日でさえ当たり前ではないと語ります。普段気にも留めないものを注意深く見れば、別の特徴に気づくことがあります。身近なものを新鮮に見直す姿勢も、創造する力の一つです。
例えば同じ道を毎日歩いていても、季節が変わると木の色や街の音が違っているかもしれません。観察したことを文章にしてみれば、見ていたつもりで見逃していたものに気づけます。何かを知る前に、何を見ていないのかを考えるという小さな実践です。
創作における忍耐についてはオルハン・パムクの2006年ノーベル講演、日常の問題を別の角度から理解することはサティア・ナデラの共感と革新にも通じます。知識と好奇心を別々ではなく、互いに育てるものとして考えられます。
まとめ――答えのあとにも考え続ける
シンボルスカの「分からない」は、自信のない人の口癖ではありません。世界をすでに理解したと思い込まず、新しい疑問に出会うことを恐れないための言葉です。
学校で習ったこと、仕事で身につけた技能、日常の習慣。どれも便利な知識ですが、それによって目の前の現実がすべて説明できるとは限りません。知っていることを使いながら、まだ分からないことにも正直でいることで、学びの余地が残ります。
一次資料はノーベル賞公式サイトの1996年12月7日講演『The poet and the world』で、参照した英語版はスタニスワフ・バランチャクとクレア・カヴァナによる翻訳です。ノーベル賞公式の人物紹介も確認しました。詩や講演全文を転載せず、短い語句と独自の日本語解説に限定しています。