はじめに――目に見えない壁はどう生まれるのか
意見が違う人と話すとき、相手の経験を知らないまま「どうせ理解し合えない」と決めてしまうことがあります。ドイツのアンゲラ・メルケルは、2019年5月30日のハーバード大学卒業式で、無知や偏狭が人と人の間につくる壁を壊すよう呼びかけました。
演説の英語版に残る短い言葉は「Tear down walls of ignorance and narrow-mindedness」。日本語では「無知と偏狭の壁を壊そう」と説明できます。物理的な壁だけではなく、他者の可能性を決めつける考え方も、人々の自由を狭めるという比喩です。
原典はドイツ連邦政府の公式英語版演説原稿とハーバード大学の当日報道です。メルケルは主にドイツ語で話し、通訳を交えて伝えました。英語版の文言を、そのまま全て本人が英語で発したとは扱わず、演説の趣旨として読み解きます。
ベルリンの壁が日常に存在した時代
メルケルは旧東ドイツで育ち、物理学の研究者として働いていました。帰宅途中にはベルリンの壁の近くまで行くことがあり、その先の西ベルリンへ進めない日々を過ごしたと語っています。自分の行動範囲が政治的な制度によって制限される経験が、演説の出発点でした。
彼女は、壁が外側の移動を妨げても、想像や夢まで支配することはできなかったと振り返ります。しかし、想像できるからといって実際に自由が保障されるわけではありません。内面の自由を守ることと、現実の権利を回復することは、両方必要だったのです。
1989年にベルリンの壁が崩れたとき、以前には考えられなかった進路が開きました。メルケル自身も研究から政治の世界へ進みます。変わらないと思っていた制度も歴史の中で変わり得るという経験を、卒業生へ伝えました。
「何も変わらない」と決めない
卒業式でメルケルは、決まっているように見える状況も変わり得ると繰り返します。それは必ず望みどおりになるという約束ではありません。変化の可能性を最初から否定しないことが、行動を選ぶための条件になるという話です。
しかし、社会の大きな転換が一人の勇気だけで実現するわけではありません。壁の崩壊には多くの市民の行動や国際情勢の変化が関係しました。歴史を英雄一人の物語にせず、周囲と協力することの意味を理解する必要があります。
仕事でも、慣習的な手順を変えられないと思い込む場合があります。現状を正しく把握し、影響を受ける人と話し、具体的な代案を試してみる。壁を壊すとは、ただ強く反発するのではなく、別の道が可能か調べることでもあります。
自由と民主主義は当たり前ではない
メルケルは、自由、民主主義、平和、繁栄を当然のものと考えないよう訴えました。現在の制度や権利がいつまでも同じ形で守られるとは限らず、維持するためにも人々の関与が必要だという立場です。
演説では、多国間の協力や事実に基づく対話にも言及しています。違う国や価値観の人と協力する際には、相手の考えを理解しながら、確認できる事実と意見を分けることが大切です。嘘を真実として扱わないことも、壁をつくらないための前提です。
ただし、意見の違いがあること自体は悪いわけではありません。民主的な社会では政策をめぐる議論や異論が必要です。相手への批判と、相手が意見を持つ権利そのものを否定することを区別する姿勢が求められます。
決断の前に「できる」と「正しい」を分ける
メルケルは卒業生へ、何かをするのは正しいからか、それとも単に可能だからかを問うよう勧めました。技術的に実現できることと、人として選ぶべきことが一致するとは限らないという問いです。
新しい技術が大量の情報を処理できても、その利用方法によっては人の権利やプライバシーを損なうかもしれません。可能かどうかだけを考えるのではなく、誰が影響を受け、どんな説明責任があるかも確認します。能力の向上と倫理的な判断を同じものにしないことが重要です。
技術と人への配慮を考えるならサティア・ナデラの共感と革新についての記事、社会的課題を個人の行動と制度に分けて捉えるならアル・ゴアの環境問題についての講演も参考になります。実行力だけでなく、使い方まで問い直す視点がつながります。
まとめ――壁の向こうを想像する
メルケルの2019年の呼びかけは、すべての対立が簡単に解決できるという楽観論ではありません。人と人の間にある無知や偏狭を認識し、自由や協力の可能性を自分から狭めないという助言です。
自分の考えに反対する人の経験を聞き、確かめられる事実を共有し、必要なら自分の判断を修正することはできます。壁を壊す第一歩は、相手を知ったつもりになる前に質問することなのかもしれません。
一次資料はドイツ連邦政府公式の2019年ハーバード卒業式演説英語版とハーバード大学当日の記録です。短い句のみ引用し、演説全体の転載や既存訳文の流用は行っていません。