はじめに――なぜ十二支はネズミから始まるのか
子、丑、寅、卯。年賀状やカレンダーで見かける十二支には、どうしてこの順番なのだろう、という素朴な疑問があります。特に小さなネズミが最初で、大きな牛が二番目なのは不思議です。さらに、身近な動物の猫が入っていません。その疑問に物語の形で答えるのが、昔話『十二支のはじまり』です。
よく知られるのは、動物たちが神様のもとへ集まる競争をし、ネズミが牛に乗って一番になるという筋です。しかし、誰が集合を伝えたか、猫がどうして欠席したのかは、語りによって違う場合があります。一つの絵本を「昔から変わらない唯一の原作」と決めない方が、この話はもっと面白くなります。
今回は沖縄県の博物館に保存された民話の紹介と、大阪府立図書館の調査案内を参照します。民話の中で説明される動物の順序と、十二支という暦の仕組みが歴史的にどう成立したかは、別の問いとして扱います。
基本のあらすじ――牛の早起きとネズミの機転
物語では、神様のもとへ動物たちが集まり、到着した順番が十二支の並びになるという約束が示されます。牛は歩く速さに自信がないので、ほかの動物より早く出発します。最初から足の速い者が勝つ競争ではなく、早く動き始める工夫も登場するのです。
ネズミはその牛の体に乗って移動し、神様の前に着くころに飛び降ります。そのため、一番乗りはネズミ、二番目が牛となります。ネズミの小ささが不利ではなく、牛の力を借りる知恵へと変わるところが、この昔話の印象に残る仕掛けです。
その後、虎、兎、龍などの動物が続き、十二の動物が選ばれます。一方、猫はそこにいません。ネズミが嘘の日付を教えたという話もあれば、そもそも猫に知らせなかったという語りもあります。結果として十二支の顔ぶれを説明する筋は似ていても、猫が欠席した理由は一つとは限りません。
名護博物館の採録例――猫には知らせなかった
名護博物館の「十二支の由来」資料は、沖縄で採録された話のあらすじを公開しています。資料には1984年8月22日の聴取記録があり、話し手が少年のころ地域の年長者から聞いたことも記されています。いつ、どのような伝承を聞き取った資料かが明示されているため、単なる由来の言い伝えとしてではなく、採録例として確かめられます。
この版では、ネズミは神様から動物たちに知らせる役割を頼まれます。しかし、仲のよかった猫には集合のことを伝えません。牛は先に出かけ、ネズミは牛の角に乗って進み、最後に飛び降りて一番になります。猫の不在が「日にちを間違えた」結果ではなく、「連絡されなかった」結果として描かれるところが特徴です。
選ばれた動物たちの中には、蛇の位置に沖縄らしい「ハブ」が現れます。話の終盤では、猫がネズミを恨み、追いかける関係になったことも説明されます。これは猫とネズミの関係を納得しやすく説明する民話の結末であって、実際の生物学的な起源を述べたものではありません。
沖縄県立博物館の1978年収録例――似ているようで違う部分
沖縄県立博物館・美術館の「十二支由来(方言)」には、1978年8月6日に収録された動物昔話の記録が掲載されています。資料には話し手、録音の記録番号、短い梗概があり、録音時間も示されています。民話を誰かが思いつきで説明した文章と、実際の語りを収集した記録とを区別できる資料です。
こちらの梗概では、朝寝坊のネズミが、早起きの牛に乗って一番を取ります。ただし、猫に対しては、ネズミが集まりのことを知らせなかったとまとめられています。名護博物館の採録例と似た筋ですが、話し手や収録地、語りの細部は同一ではありません。同じ型の物語が複数の地域で語り継がれていることを示す、具体的な証拠の一つです。
ここで確認したのは博物館の公開梗概と録音の書誌情報です。元の方言による録音を一語ずつ書き起こして比較したわけではありません。語りの調子、言葉遣い、どの動物がどう登場するかといった細部を、梗概にないのに付け足してはいけません。
猫がいない理由は一つではない――暦の歴史とも分ける
大阪府立中央図書館のレファレンス案内は、『日本民俗大辞典』などを参照して、猫がネズミに集合日を一日ずらして教えられ、十二支に入れなかったという別の筋を紹介しています。沖縄の採録例と比べると、猫を出し抜く方法が「知らせない」と「違う日を教える」に分かれています。
同じ図書館の案内では、十二支の記号にあとから動物の意味が結びついたという文献の説明や、ベトナムでは兎に代わって猫が用いられることも紹介されています。これは十二支をめぐる動物の組み合わせが、地域ごとに必ず同じとは限らないという手がかりです。日本の民話の説明だけで、アジア全体の暦の歴史を説明しきれるわけではありません。
実際に神様が動物を競争させたから十二支が生まれた、という歴史的証拠をこれらの資料が示しているわけではありません。民話は、身近な疑問への答えを物語として整える営みでもあります。「なぜこの順番なの?」という疑問に対する昔話上の答えと、記号の歴史的成立を混同しないことが重要です。
まとめ――ネズミの知恵と猫の不在を異版から読み比べる
『十二支のはじまり』は、牛の早起きとネズミの機転によって子と丑の順番を説明し、猫がいない理由を物語として示す昔話です。同じような結末でも、猫がネズミから知らせを受けなかったのか、誤った日付を教えられたのかという違いがあります。
参照したのは名護博物館の1984年聴取記録、沖縄県立博物館の1978年収録例、大阪府立中央図書館の資料案内です。各館が公開した梗概と書誌・調査説明の範囲を確認し、最古の成立や全伝承の同一性までは断定しません。
小さなネズミが意外な役割を担う民話をもう一つ読むなら、当サイトの『ねずみのすもう』のあらすじと異版も参考になります。あちらでは勝負と親切が中心です。同じ動物が登場しても、作品がどの問いに答えようとしているかは違う。昔話を読み比べる楽しさはそこにあります。