はじめに|創造性は一部の人だけの才能なのか
アイデアを出す仕事を「クリエイティブな人」に任せ、自分はそうではないと思い込んでしまうことはないだろうか。デザイナーで教育者のデイヴィッド・ケリーは2012年のTED講演で、創造性の有無で人を二つに分ける考え方そのものを問い直した。
講演の英語題名は「How to build your creative confidence」。スタンフォード大学のデザイン教育やIDEOでの経験に触れながら、自分に創造性がないと感じる人が、その不安をどう乗り越えるかを語っている。誰でも同じ作品を作れるという保証ではなく、挑戦する自信を育てられる可能性についての話だ。
本記事はTED2012の公式講演ページと2012年3月1日付のTEDブログによる現場レポートに基づき、粘土の馬、ヘビへの恐怖、MRI装置の事例を整理する。講演者が語った体験と、一般化された科学的な効果を混同しないことを重視したい。
小学生の粘土の馬|たった一言で創造性が怖くなる
ケリーは講演の冒頭で、小学校三年生だった頃の友人ブライアンの話をする。粘土で馬を作っていた友人が、近くの子から作品を厳しく否定されると、形を崩して捨ててしまったという。完成する前の作品を笑われた経験が、次の挑戦をためらわせるという例だ。
ケリーは、その出来事のあと友人が以前のように造形の活動へ積極的に取り組む姿を見なくなったと振り返る。ただし、一つの発言が友人の人生すべてを決めたと証明できるわけではない。これは長年記憶に残っていた本人の経験談として読む必要がある。
創造的な活動では、うまくいかない試作品を見せたり、正解のない問いを考えたりする機会が多い。早い段階で恥ずかしい思いをすると、次のアイデアを出す前に自分で止めてしまうかもしれない。作品の良し悪しを評価することと、作り手の挑戦する意欲まで否定することは違う。
アルバート・バンデューラの研究から学んだこと
ケリーは、心理学者アルバート・バンデューラが恐怖症の人に段階的な方法を用いた研究を紹介する。ヘビを恐れる人が、いきなり触れるのではなく、少しずつ安全に近づく経験を積むという発想だ。恐怖に向き合うための行動を、小さな段階に分ける点に注目した。
この例からケリーは、創造性への不安にも似た考え方を応用できると考えた。人は一度の説得で「自分はできる」と確信するより、実際に何かを試し、小さな成功を経験することで自信を持ちやすくなる。励ましの言葉だけではなく、行動できる環境が必要という視点だ。
心理学で用いられる「自己効力感」は、ある行動を自分が実行できると考える感覚を指す。しかし、ヘビへの恐怖を扱った研究が、創造性に関するすべての教育法の効果を直接証明したわけではない。研究の原対象と、講演者によるデザイン教育への応用は区別して理解したい。
MRIを冒険へ変える|子どもの視点で問題を見る
講演では、医療機器の設計に携わったダグ・ディーツの事例も紹介される。技術者にとってMRI装置は重要な検査機器であっても、初めて見る小さな子どもにとっては怖い機械に見えることがある。同じ装置でも、使う人の経験によって価値や不安が異なるという問題に気づいたのだ。
ディーツは子どもたちが検査を冒険のように感じられるよう、装置の周囲の演出や案内を工夫した。TEDブログには子どもが再び訪れたいと話した例も紹介されている。単に外見を飾るのではなく、検査を受ける子どもの気持ちから体験を設計し直すという話である。
講演には検査時の鎮静などに関する数字も出てくるが、それをあらゆる病院で再現された統計として無条件に使うべきではない。この事例は、医療的な有効性の一般的証明ではなく、利用者の立場を考えた改善の実例として理解するのが適切だ。
本人の病気と使命|創造的な自信を取り戻す仕事
ケリーは自身が深刻な病気を経験し、将来を強く意識したときの心境も語る。生き方を考えるなかで、人が失ってしまった創造的な自信を取り戻すことこそ、自分が続けたい仕事だと感じたという。専門家としての実績だけでなく、本人の人生経験から出た願いが講演の終盤につながる。
この体験談を聞いて、困難な病気を経験すれば誰でも使命を発見できると結論づける必要はない。病気や回復の過程は人によって異なり、そこで何を考えるかも一様ではない。講演者が自分の経験をどう意味づけたかという個人的な証言として受け止めたい。
本人が語る使命の中心は、優れたデザイナーを少数選び抜くことではなく、多くの人が自分にも何かを生み出せると感じられるようにすることだ。創造性を他人の特権として眺めるのではなく、自分の行動として引き受けるという方向を示している。
日常で試す方法|小さく作り、評価を受け取る
実践するなら、最初から大きな企画を完成させようとしなくてもよい。紙に簡単な案を描き、試作品を作り、他人へ見せて反応を確かめる。完成品の品質を一度に問うより、試せる回数を増やすことが出発点になる。
周囲の人が新しいアイデアを出したときには、欠点だけを並べるのではなく、まず何を実現しようとしているのか聞いてみたい。改善点を伝えることと、考えた本人を否定することは違う。批評の厳しさと、挑戦を続けられる場づくりは両立できる。
関連して、ケン・ロビンソンの学校と創造性に関する講演は教育の環境を考え、キャロル・ドゥエックの成長マインドセットは学習に対する考え方を扱う。似た主題があっても、講演者の主張と根拠は一つではないため、違いを確認しながら読みたい。
まとめ|創造性への恐怖を小さくする
デイヴィッド・ケリーの2012年TED講演は、創造性を一部の生まれつきの才能と決めつける見方を問い直すものだった。小学生の粘土の馬、心理学の研究、子どものMRI検査という例を通して、人がアイデアを試すことへの不安を減らす重要性を語った。
自信を持つために、最初から上手である必要はない。小さく試し、失敗から学び、再び作る経験を積むことに意味がある。ただし、小さな試行を繰り返せば誰でも同じ成果を得るという保証ではない。
主な出典:TED公式「How to build your creative confidence」2012年3月講演、TED公式ブログ2012年3月1日付の講演レポート。紹介された事例は本人の講演での説明として扱い、効果を過剰に一般化していない。