はじめに|反対意見はチームの邪魔なのか
会議で自分と違う意見が出ると、話がまとまらなくなるように感じる。できれば衝突を避けて早く結論を出したい。そんな場面に対し、起業家・著述家のマーガレット・ヘファーナンは2012年のTEDGlobal講演で、よい対立は考えを深め、問題を見つけるための力になり得ると語った。
講演の英語題名は「Dare to disagree」。相手に勝つために議論するのではなく、異なる考えを持つ人と一緒に、見落としていた事実を探すという提案だ。意見の一致を急ぐことと、納得できる判断をつくることは同じではない。
本記事はTEDの2012年公式講演ページと同年6月29日のTED公式ブログの現場報告を照らし、講演で語られた医師の事例、協力者の役割、組織での実践を整理する。発表者の紹介した歴史的な出来事と、現在の医学的な合意や統計を区別して読むことを前提にする。
講演の背景|安心できる同意と、役立つ異論
ヘファーナンは、多くの人が争いや不和を避けたいと思うことを指摘する。会議で周囲が賛成していると、自分だけが疑問を表明するのは気が重い。その結果、誰も問題を口にしていないことを、問題が存在しないことと取り違える場合がある。
人間関係を円滑に保つことは大切だ。しかし意見の不一致をすべて悪いことと捉えると、誤った仮説を修正するきっかけまで失われる。相手を攻撃しないことと、相手の考えを批判的に検討しないことは別だ。
TED公式の紹介文も、優れた協力関係が互いの考えを無条件に繰り返すものではなく、深く異議を唱えられる関係であると説明する。安心して疑問を出せる環境が、形式的な全員一致より価値を持つ場面があるという主張だ。
アリス・スチュワート|知られたくない結果を示す研究
講演では、1950年代の英国で小児がんの原因を調べた医師アリス・スチュワートが取り上げられる。母親が妊娠中にX線検査を受けたことと、子どものがんに関係がある可能性を、収集したデータから示したという。当時の医療の常識に合わない結果だったため、受け入れられるまで困難があったと語られる。
ヘファーナンがこの話に注目するのは、情報が存在するだけでは行動が変わらないからだ。データが公開されていても、専門家や組織が不都合な結果を検討しなければ、問題は残る。知識を持っていることと、知識を実際の判断に用いることには距離がある。
なお、講演で紹介された調査の比率や、医療慣行が変わるまでの年数を、現在のすべての妊娠中の検査にそのまま当てはめることはできない。ここで扱うのは2012年の講演が示した歴史的な事例であり、個別の医療判断を行う根拠ではない。
ジョージ・ニール|相手の仮説を疑う協力者
アリス・スチュワートと協力した統計家ジョージ・ニールは、彼女とよく似た考えを持つだけの人物として紹介されない。講演では、彼がスチュワートの仮説を誤りだと示せないか、異なる方向からデータを検討したという。味方だからこそ、相手の主張を厳しく確かめる協力関係だった。
もし共同研究者が最初から結論に賛成するだけなら、思い込みを見つける機会が減る。反対に、違う立場から疑問を出しても、互いに目的を共有していれば、議論は結論の信頼性を高める方向へ向かう。人への信頼と、考えへの無条件の同意は切り分けられる。
ただし、異論が多ければ多いほど正しいというわけではない。相手を言い負かそうとするばかりでは、必要な情報を整理できなくなる。検証の対象を人柄ではなく仮説や証拠に置くことが、建設的な対立の条件になる。
組織で異論が消える理由|黙っている人も考えている
講演には、医療機器を扱う会社で、ある幹部が製品の複雑さや安全性に疑問を持ちながら、それを言い出せなかったという逸話も登場する。後に疑問を共有すると、ほかの人も同じことを心配していたという。周囲の沈黙は、賛成の証拠にならない。
肩書きのある人が強く主張すると、経験の浅い人は別の情報を持っていても発言しづらい。組織にとって問題なのは、異論そのものより、重要な情報が上まで届かないことかもしれない。不快な報告も受け取れる関係がなければ、意思決定の材料が欠ける。
ヘファーナンは、反論できる人材を育て、疑問を表明した人を大切にする必要を訴えている。一方で、あらゆる会議を際限のない討論にする必要はない。異議を出す段階と、情報を整理して決める段階を分けるのが実務では役立つ。
仕事でどう実践するか|反対意見を歓迎する具体策
最初に、結論の前提を一つ選び、成り立たない場合の兆候を尋ねてみる。例えば新しい施策に対し、成功する理由だけでなく失敗しそうな条件も書き出す。何を確かめれば案を修正すべきか、先に共有しておくと議論の目的が明確になる。
次に、意見を述べる人の立場と情報を区別する。役職の高い人の案も、新人が気づいた不具合も、根拠を検討する対象として扱う。発言者の評価ではなく、示された証拠や利用者への影響を考えることが重要だ。
関連するティム・ハーフォードの試行錯誤に関する講演も、仮説を検証する姿勢を重視している。また、ドリュー・ダドリーの日常のリーダーシップは、肩書きに関係なく他者へ影響を与える行動を考える材料だ。異なる主張を同一の研究結果にまとめず、補い合う視点として読むことができる。
まとめ|意見が違うことを、考える機会に変える
マーガレット・ヘファーナンの2012年TED講演は、意見の対立を避け続ける組織では、重要な事実や疑問が見過ごされかねないと問いかけた。考え方が違う人と協力することは、相手の人格を否定することではない。
問題を改善するためには、仮説に反対する人の意見を聞き、証拠を照合し、必要なら自分の判断を変えることが求められる。全員の意見が早く一致したかより、重要な疑問が十分に検討されたかを見たい。
主な出典:TED公式「Dare to disagree」2012年6月講演、TED公式ブログ・2012年6月29日の講演報告。講演で紹介された研究者と企業の逸話を講演内容として説明し、現在の科学的な検証結果と混同していない。