はじめに|働く時間だけで人を見ると見落とすもの
他国から来た人について話すとき、労働力として必要かどうかという議論になりやすい。しかし大学教育と移民の歴史を研究する米山裕は「外国人と一緒に生き、一緒に年を取り、一緒に死んでいく」という表現を用いた。人を一時的な働き手としてだけでなく、長く同じ社会で暮らす隣人として捉える言葉だ。
この一節は、外国人に関するあらゆる制度の答えを一つに決める主張として扱うべきではない。米山が問いかけたのは、人が定住し、家族を作り、年齢を重ねていく現実を社会がどこまで見据えているかという問題だった。短期の利益だけでなく、生活の時間全体を考えるという視点で読むのが適切だ。
異なる背景の人と共に暮らすには、言葉や習慣の違いだけでなく、教育、医療、地域との関係などを考える必要がある。共生を気持ちのよい標語で終わらせず、暮らしの実際へ結び付ける意味を考えてみたい。
この名言の背景|国際性を特色にした大学の25年
科学技術振興機構のサイエンスポータルは2026年2月20日、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長・米山裕へのインタビューを公開した。APUは大分県別府市に2000年に開学し、学生や教員の国際的な構成を特色としてきた。多様な国や地域から来た人が日常的に接する教育環境が取材の出発点だった。
米山は、留学生や外国籍教員の割合などについて開学時に掲げた「三つの50」を振り返り、多くの卒業生が国際的に活躍していると語った。同時に、対立や分断が進む時代に、異なる背景の人が共に学ぶ教育の役割が重要になっているとも説明した。国際交流の成果と、社会の変化に対応する課題の両方を扱ったインタビューである。
取材者が日本人の意識について尋ねると、米山は外国人が定住し、家族を持ち、次の世代を育てることまで考える必要があると述べた。その回答の中で、今回の一節を含む覚悟について語っている。一緒に暮らす時間を、就労中だけでなく老後にまで広げて考えた発言だった。
この名言が示す深い意味|人には働く以外の生活がある
人を経済的な役割だけで見ると、働けなくなったときの暮らしが視野から消えてしまう。しかし誰もが年齢を重ね、体調を崩す可能性があり、家族や地域との関係を持っている。生活者としての人間を、労働という一つの役割へ縮めないという意味がある。
米山が話したのは、特定の制度の細かな是非ではなく、社会の時間軸の問題だった。人が何十年も暮らすなら、子どもの教育や地域の交流、老後の支援などが関係してくる。長期の生活を見据えれば、今だけで完結する考え方の限界が見えてくる。
もちろん、地域の受け入れ体制や制度設計については、予算、労働条件、住民の不安、当事者の権利などさまざまな論点がある。相互の事情を具体的に検討することと、人を一人の生活者として尊重することは両立する。その区別が重要だ。
この名言の現代的な解釈|多文化共生を日常へ引き寄せる
地域に新しい住民が増えたとき、互いの生活習慣が違うことに戸惑う場合がある。話し合いの機会がなければ、些細なすれ違いが不安へ広がるかもしれない。違いがあることを前提に、実際の困りごとを確かめる姿勢が役立つ。
職場でも国籍だけで人の希望や能力を決めつけるべきではない。同じ国から来た人でも、働く理由や将来の計画は違う。分類ではなく本人の経験や意向を聞くことで、協力の方法を考えやすくなる。
一方、共生を語る際に、異なる意見を持つ人の懸念をすぐ排除するのも建設的ではない。地域の課題や制度上の負担を、根拠を確かめながら話し合う必要がある。人への敬意を保ちながら、政策や運用の問題を具体的に検討することが対話の条件となる。
この名言を日常生活で実践する方法|役割ではなく生活を見る
普段接している人について、肩書や出身だけで理解したつもりになっていないか振り返ってみる。差し支えない範囲で、どんなことを大切にしているか、地域で困っていることがあるかを聞く。相手の生活を勝手に想像しきらず、本人の言葉を尊重することから始めたい。
次に、身近な地域で必要な情報が誰にも分かりやすく伝わっているか考える。案内の表現、相談先の分かりやすさなど、自分の立場から改善を提案できることもある。大きな理念を、日常の小さな行動へつなげることが大切だ。
異なる環境を経験する意味を語ったシバニア・イーサンの海外経験に関する記事も参考になる。外国語を身に付けることだけでなく、違う経験を持つ人と実際に関わることの意味を読み比べられる。
まとめ|共に暮らす時間を想像する
「外国人と一緒に生き、一緒に年を取り、一緒に死んでいく」は、JSTサイエンスポータルの2026年2月20日公開・米山裕インタビューで、日本の共生社会をどう考えるかと問われた回答の一部である。原文では、日本社会がその覚悟を持てるかどうかが大きな課題だと述べている。
米山は多国籍の学生が学ぶAPUの経験を背景に、人が働くだけでなく家庭を作り、老いていく現実を語った。短期の役割ではなく、長期に同じ社会で暮らす存在として捉えることが発言の中心にある。
制度や地域の課題については、立場の違う人と具体的に議論する必要がある。その出発点として、相手にも自分と同じように長い生活があると想像したい。人を一つの役割だけで見ないという教訓が、この一節にはある。