はじめに|「教科書に書いてあることを信じない」は何を意味するか
「教科書に書いてあることを信じない」。2018年のノーベル生理学・医学賞受賞決定時、研究者の本庶佑が語った一節です。言葉だけを切り出すと「教科書は役に立たない」という主張にも見えますが、本人が問いかけたのは、既に書かれた説明を自分の目で確かめようとする研究者の姿勢でした。
2018年10月1日に京都大学で行われた受賞決定会見では、研究のモットーや、科学者を目指す子どもに伝えたいことについて質問がありました。好奇心を持つこと、簡単に信じないこと、自分で観察して納得することが一連の考え方として語られています。
この記事では当日の会見記録と、その後の京都大学による本人鼎談を照合します。科学者による批判的な思考を、医学的根拠や専門家の助言を無視することにすり替えないよう、言葉の対象と文脈を分けて読みます。
出典は2018年10月1日のノーベル賞受賞決定会見
原典確認済みの根拠:京都大学は2018年10月1日に本庶佑の受賞決定会見を開催したと公式記録で確認でき、当時の一問一答報道に、研究者を目指す子どもへの回答として「教科書に書いてあることを信じない」の一節が記録されています。 京都大学の会見記録と日刊スポーツの発言紹介を参照できます。
日刊スポーツの2018年10月2日付一問一答には、研究のモットーについて、本庶が「好奇心」と「簡単に信じないこと」を挙げ、研究内容を自分の目で確認するまで調べると語った記録があります。名言一覧の断片と異なり、本人がどんな質問に答えたかが分かる同時期の会見報道です。
なお、京都大学の公式会見ページが掲載するコメント部分と、報道各社が書き起こした質疑応答は同一のテキストではありません。今回直接確認したのは公式の会見開催記録と当時の報道記事であり、会見映像を全編視聴して句読点まで独立に校合したとは主張しません。
「信じない」は、無条件に否定することとは違う
本庶が重視したのは、教科書や論文を読むのをやめることではありません。書いてある説明を出発点にしながら、「本当はどうなのか」と疑問を持ち、観察や実験によって確かめることです。疑うことと否定し続けることは同じではありません。
そもそも教科書には、多くの研究で確かめられた知識が整理されています。それらを学ぶことは、まだ解かれていない問いを見つける土台になります。教科書を尊重することと、今後も内容が更新され得ると考えることは両立します。
反対に、科学的な検証をしないまま「自分は信じないから間違いだ」と断定する態度も、本人の説明とは異なります。自分の考えに反する結果が出た場合も、その結果の確かさを調べ直すことまで含めて、批判的に考える姿勢だと理解できます。
科学誌の「9割」という数字は統計的事実なのか
同じ会見では、本庶が著名な科学誌の研究成果について、10年後まで残るものは少ないという趣旨を、非常に強い数字で表しています。これは本人の研究観を示す発言ですが、すべての学術分野で実測された失敗率だと確認できた数字ではありません。
研究論文は、多くの場合、ある時点で得られたデータと解釈を示しています。その後、別の研究者による追試、新たな測定技術、より大きな研究によって評価が変わることもあります。変わり得る知識だからこそ検証が重要であり、科学的知識すべてが信用できないという結論にはなりません。
「有名誌でも間違うことがある」という注意と、「有名誌の研究はすべて誤りだ」という主張は違います。実際の主張を判断する際には、研究方法、再現性、複数の独立した証拠を確認する必要があります。印象的な数字をそのまま普遍的な統計として流布させないことも、批判的思考の実践です。
京都大学の2018年12月鼎談で語った、試行錯誤の意味
京都大学広報誌『紅萠』の特別鼎談は、2018年12月27日に本庶、山中伸弥、湊長博が学生に向けて話した記録です。本庶は、生物学の研究では先が予測できず、試行錯誤を重ねる中で思いがけない成果に至ることがあると説明しています。
同じ鼎談では、研究を続ける動機として、知りたいことがあるという強い気持ちが語られます。本庶は参加した学生に、全員が研究者を目指すべきとは言わず、自分が何をしたいのかを考えるよう促しました。好奇心を持つことも、誰かに与えられる課題をこなすことだけではないと読み取れます。
ただし、2018年12月の鼎談は10月の会見とは別の場です。後の発言で似た考え方が確認できるからといって、会見の短句がその鼎談で初めて生まれたとは言えません。記録された日時、参加者、話題の違いを区別する必要があります。
本庶の研究と「分からないことを知る」姿勢
京都大学の公式発表では、1992年のPD-1の発見を含む研究が、免疫の働きを利用した新たながん治療法の発展につながったと説明されています。基礎研究で得られた発見が、時間をかけて治療研究へ結び付いた経緯が示されています。
一つの仮説を出し、実験で確かめ、予想と違えば問い直す。こうした研究には、短い期間では評価しにくい部分があります。「教科書を疑う」は、確かめる作業を省く近道ではなく、かえって根拠を調べる手間を引き受けることだと考えられます。
ただし、医学研究の発見と、個々の患者にどんな治療が適するかという判断は別です。この名言を理由に治療を自己判断で中断したり、確立した医療上の助言を拒否したりすることは勧められません。科学を疑問から発展させる姿勢と、安全な医療判断は区別すべきです。
仕事や勉強で応用するなら、疑問から検証まで進む
仕事の進め方で「昔からこうしている」と説明されたら、なぜその手順が必要なのか確かめてみるのも一つの方法です。過去の事故や失敗を防ぐための重要なルールかもしれませんし、環境が変わって見直せる部分もあるかもしれません。まず理由を調べることで、守るべきものと変えてよいものを区別できます。
学習中には、公式や定義を覚えるだけでなく、簡単な例をつくって意味を確かめたり、条件を変えて成立するかを調べたりできます。答えを疑うことより、「どうすれば確かめられるか」を考える方が、次の理解につながる場合があります。
関連する秋山仁「問題を解くより発見が重要」では、問いを立てる教育について本人の発言を解説しています。また、山中伸弥「ビジョンとハードワーク」では、研究を続ける目標と取り組みを扱っています。問いを見つけること、確かめること、続けることは、互いに関連しながらも異なる活動です。
まとめ|2018年会見の発言として出典確認済み
出典判定:「教科書に書いてあることを信じない」は、2018年10月1日のノーベル賞受賞決定会見における本庶佑の発言として同時期の取材記録で確認できます。京都大学の公式記録で会見の日付・場所を照合できるため、出典確認済みタグ114を設定します。
主要資料は京都大学の公式会見記録、2018年10月2日の一問一答報道、2019年の発言紹介、京都大学広報誌の本人鼎談です。会見での発言、大学による公式説明、後の対談をそれぞれ別の種類の証拠として扱っています。
この言葉の中心は、誰かの説明を頭から否定することではなく、何が本当なのかを自分で問い、根拠を確かめることにあります。知識を学ぶことと、知識を更新することを両立させるのが、現代にも通じる読み方でしょう。出典の扱いは出典ステータスガイドと出典監査索引で確認できます。