はじめに|世界で初めて手にするもの
研究成果というと、論文や数式、表彰式を思い浮かべる人もいる。しかし化学の研究では、これまで存在が知られていなかった物質を実際に作り出し、目の前に置けることがある。化学者の北川進は、研究の楽しさについて「誰もが手にできなかったものを最初に手にできる」と語った。
この一節は、新しいことを思いつけば直ちに実現すると約束する言葉ではない。実験、失敗、検証を積み重ねて初めて、ある物質が作れたと確かめられる。まだないものを考えることと、実物として確かめることの距離に研究の醍醐味がある。
「最初に」という言葉を、研究者同士の競争だけに結びつける必要もない。本人は、これまで誰も明らかにできなかった原理を解き明かす喜びと、新しいものを手にする喜びを並べて説明している。分かることと作れることの両方を大切にした表現だ。
一方、新しい物質を作ることには安全性や社会への影響を考える責任もある。作れることと、誰にどのように使ってもらうかは別の問いとして考える必要がある。
原典|文部科学省の2026年版白書にある本人回答
出典は文部科学省『令和8年版 科学技術・イノベーション白書』特別コラムである。研究や研究者の魅力を尋ねる質問に対し、北川進本人が「誰もが手にできなかったものを最初に手にできる」と答えている。
同じ回答では、自然科学が法則を明らかにすることに触れたうえで、化学には法則だけでなく実物を手にできる特徴があると述べている。抽象的な理解に加えて、実際の物質を作れる点を研究の楽しさとして挙げたわけだ。
さらに北川は、厳密には最初に手にするのは教授ではなく、実験をした学生であると補足している。この一文を省いて研究室の代表者だけが発見の主体であるかのように説明するのは適切ではない。発見の現場にいる人への目配りも原典の重要な部分だ。
本人は新しい研究成果が世界中で使われたなら、科学者として大きな喜びになるとも語っている。最初に手にする瞬間の喜びと、後に社会で役立つ可能性が一つの回答にある。研究室の発見と社会への広がりがつながる文脈で読むことができる。
深い意味|知識を得ることと形を作ること
何かの法則を理解することと、それを使って新しい材料を作ることは違う段階にある。理論で可能に思えても、実際の条件ではうまくいかない場合がある。自分の理解を、目に見える実験で確かめることには独特の緊張と喜びがある。
発見は一人の頭の中だけで完結しない。実際に手を動かす学生や研究員、装置を整備する人、議論する仲間が関わる。成果に名前が残る人と、最初に実物を手にした人は同じとは限らないという本人の補足は、その事実を教える。
また、世界で初めて作ったものがすぐ役立つとは限らない。何に使えるか分からない段階にも、後に別の研究へ広がる可能性がある。用途が明確でない発見を急いで切り捨てない姿勢も研究を支える。
ただし未知であること自体を過度に称賛するのも慎重でありたい。確かな記録、再現性の確認、安全な取り扱いが欠かせない。新しさの価値は、検証と責任の上に成り立つと考えるべきだ。
現代的な解釈|手を動かして初めて分かること
新しいサービスの企画書では、どれほどよく説明しても実際の使い心地までは分からない。小さな試作品を作り、利用する人の反応を確かめる。想像した価値と、実際に生まれた価値を行き来することが重要になる。
学習でも、説明を読んだだけでは理解したつもりになりやすい。計算を解き、文章を書き、何かを作ることで初めて分かる難しさがある。知識を手元で試すことが、次の疑問を生む。
仕事でアイデアを提案するときも、誰かに全部を任せるだけでは現場の気づきを得られないことがある。もちろん役割を分担する必要はあるが、実行した人の発見をきちんと受け止める姿勢が大切だ。
新しい技術が社会へ広がる際には、役に立つことだけでなく安全性や公平性も見なければならない。できたという達成と、使ってよいかという判断は分けて考える必要がある。
日常生活で実践する方法|小さな仮説を形にする
思いついたことがあれば、まず手元で確かめられる小さな形へしてみる。完成品を目指す前に、紙の模型や短い文章などで試せる。頭の中にあった考えを、確かめられる対象へ変えることが第一歩だ。
試した結果が予想と違っても、何が違ったかを記録する。失敗を消して成功だけ残すより、次に何を調べるべきか分かりやすくなる。試行の価値は、結果が思いどおりだったかだけでは決まらない。
複数人で何かを作ったら、発表者だけでなく実際に手を動かした人の工夫も聞いてみる。誰がどんな判断をしたかを残せば、共同で作ることの意味が見えやすい。
北川の別の発言を扱った「無用之用」も参考になる。用途がすぐ見えない研究の可能性と、初めて物質を手にする喜びは、違う角度から研究の価値を考えさせる。
まとめ|最初に触れる喜びは誰のものか
北川進の「誰もが手にできなかったものを最初に手にできる」は、文部科学省の令和8年版白書に掲載された本人インタビューで確認できる。化学には新しい物質を実際に作れる楽しさがあると説明した言葉である。
本人は、研究室で最初に手にするのが学生であることも明言している。この補足によって、発見は一人の偉人だけの物語ではなく、実験する人々の仕事でもあると気づかされる。
まだ存在しないものを考え、試して、確かめる。そこでは失敗も記録も欠かせない。発見を現実のものへ変える過程に、研究の面白さが宿る。
何か新しいことを始める時、知識を集めるだけで止まらず小さく作ってみたい。自分の手で試すことが、次の理解への入口になる。