はじめに|「次」を動かす企業の約束
「Inspire the Next」。日立がコーポレートステートメントとして掲げてきた言葉である。短い英語だが、単に次の商品を発売するという意味ではない。新しい時代に必要とされる価値を見つけ、社会に変化を起こしたいという企業の約束を示している。
言葉の中にある「Next」は、遠い未来の出来事だけを指すとは限らない。毎日の生活で必要になる技術やサービス、事業の課題を次の段階へ進めることも含めて考えられる。変化そのものを礼賛するより、次の時代に何を提供できるかという問いが重要である。
企業のキャッチコピーは商品の機能を一言で伝える場合もあるが、日立のこの表現はグループ全体の方向を表している。何を売るかだけではなく、仕事を通じて誰にどう貢献するかを語ろうとしている。製品広告と企業全体の約束を区別することで、言葉の役割が理解しやすくなる。
出典|2001年の公式発表と2000年の位置づけ
日立製作所の2001年8月29日付プレスリリースは、2000年4月にブランドマネジメントを導入し、「Inspire the Next」をコーポレートステートメントと定めたことを明記する。後年の印象的な広告ではなく、企業が発表した当時の方針に表現の位置づけを確認できる。
同資料は、2001年9月からグローバルなブランドキャンペーンを始める予定だと説明している。海外ではそれまで社内向けの共有に重点を置き、次に外部の顧客や関係者へ価値を伝えようとした。社内で共有する約束から、世界に向けたコミュニケーションへ広げる段階が分かる。
さらに2013年5月7日付の日立公式発表は、企業のMission、Values、Visionを整理する中で、コーポレートステートメントとして同じ英文を示している。2000年からのブランド施策と、2013年のグループ理念の再整理を異なる出来事として読む必要がある。
「Inspire」を単なる応援にしない
「Inspire」は人に刺激や発想を与えるという意味で訳されることがある。しかし企業が宣言する場合、気分を高めることだけが目的ではない。新しい仕事や生活の方法を提案し、実際の技術やサービスを通じて変化を支える意図がある。言葉が促す変化と、変化を実現する手段の両方が問われている。
日立の2001年の公式発表では、次の時代へ新しい息吹を吹き込むという趣旨が説明される。変わる社会に合う新しい製品、システム、サービスを提供したいという考え方だ。製品単体の魅力を超え、社会全体の課題にどう応えるかという企業側の方向性が伝わる。
もっとも、未来を刺激するという表現だけで、どの事業も成功するわけではない。技術の安全性、維持費、利用者の使いやすさなどを検証する必要がある。理想のある言葉と、成果を測るための具体的な基準を混同しないことが、企業の言葉を読む基本となる。
2000年のブランドマネジメント
日立がブランドを共通の約束として整えようとした背景には、製品や事業が多様になるほど、企業として何を大切にするかが伝わりにくくなるという課題がある。2001年の発表では、従業員が一貫した価値を共有することの意義が説明されている。広告の見た目を揃える前に、組織の考えをそろえるという順序に注目したい。
さらに海外へ展開する際には、地域ごとに異なる広告表現を一つのブランドの考えで結びつけようとしていた。世界中でまったく同じ商品を提供するという意味ではない。多様な事業や地域の背後に、共通して伝えたい価値を持つことがブランド管理の目的だった。
企業ブランドは売上高や認知度だけで決まらない。製品を使った経験や問い合わせへの対応、取引先との関係も影響する。企業全体の言葉を定めることと、その言葉に見合う体験を届け続けることは別の仕事だという点を忘れずにいたい。
2013年の新たなVisionとの関係
2013年に日立は新しいVisionを発表し、MissionとValuesの関係を整理した。その際にも「Inspire the Next」がコーポレートステートメントとして紹介された。企業のVisionが再整理されても、ブランドとしての短い約束が継続していたことが確認できる。
Missionは企業の存在意義や基本的な役割、Visionは目指す姿、ステートメントは相手に伝える約束というように、それぞれ異なる仕事を持ちうる。これらをすべて同義語として扱うと、どの文言がいつ使われたのか分かりにくくなる。名称と年月を併せて記録することが原典調査では重要だ。
現在の日立の「Inspire the next」公式紹介では、モビリティやエネルギー、産業の領域でデジタル技術を活用する事業が紹介されている。過去のステートメントが、現在の事業紹介でどのように用いられているかを別の資料で確かめることができる。
他社の技術系スローガンと比べる
企業が技術と未来の関係を語る例として、ニコン「Unlock the future with the power of light」がある。ニコンは光の可能性を中心に置き、日立は次の時代に必要な価値を刺激することを広く表している。どちらも未来を語るが、強調する技術的な出発点が異なる。
また、ソニーのPurposeは創造性と技術の力で感動を届けることを掲げる。日立のコーポレートステートメントは、社会インフラや産業システムにもまたがる仕事を共通の言葉で表す。希望に満ちた単語が似ていても、企業の事業と文言の位置づけを区別したい。
こうした比較では、どの言葉が最も格好いいかを決める必要はない。短い一節が、顧客の期待や社内の意思決定にどれほど具体的につながっているかを考えるほうが大切だ。広告の印象を評価することと、実際の事業を評価することを分ける読み方を心がけたい。
まとめ|未来への期待と実行の間にあるもの
「Inspire the Next」は、日立が2000年4月のブランドマネジメント導入時に定めたコーポレートステートメントとして、2001年の公式発表から確認できる。次の時代へ新しい価値をもたらすという約束を、グループ全体で共有するための言葉である。
2013年の新Visionの公表や現在の事業紹介でも、この言葉の役割を確認できる。ただし企業の発表だけで、すべての施策が理念どおりに実現したとはいえない。言葉の歴史を確認したうえで、利用者の経験や社会的な効果を別に考えることが必要だ。
原典確認:日立製作所2001年8月29日公式発表、2013年5月7日公式発表。タグ114根拠:2001年の公式発表に2000年4月から「Inspire the Next」をコーポレートステートメントと定義した旨を確認。広告コピー・企業スローガンのハブから他社の言葉も読める。