意見を聞くことと決断することは違う
音楽プロデューサーの児玉晶子は、チームで仕事を進める際の姿勢を語るなかで「最終的に決断するのは自分だという責任はあります」と述べた。多様な声に耳を傾けながら、最後の判断までほかの人へ委ねるわけではないという言葉である。協力して考えることと、判断の責任を引き受けることを両立させている点が重要だ。
音楽公演を企画するには、出演する演奏家や作品、会場、予算など多くの条件がある。一人の好みだけで全てを決めれば、別の人が見つけた可能性を見落とすかもしれない。自分と違う視点を取り入れることで、選択肢の見え方が変わる場面がある。
児玉は、最近は自分の基準が絶対ではないと考え、二十代や三十代のメンバーの意見も聞くようにしていると話す。年齢や経験によって、作品のどこへ惹かれるかは違う場合がある。経験を積んだことを理由に、ほかの感性を遠ざけないという姿勢が表れている。
一方、話し合いを重ねても選ぶべき方向が自然に一つに決まるとは限らない。複数の案にはそれぞれ魅力と課題があり、限られた時間のなかで決めなければならないこともある。意見を集める工程と、選択して動かす工程を分けて考えることができる。
ただし最終決定者に責任があるからといって、チームの他の人に責任や専門性がないという意味ではない。役割に応じた判断や準備は多くの人が担う。全体の方向を決める責任と、各人が仕事を果たす責任を混同しないことも必要だ。
原典|Bunkamura公式の音楽プロデューサー取材
出典はBunkamura公式が2025年11月21日に公開した「直観と広い視野で刺激的な『文化』をステージに乗せていく/音楽プロデューサーの仕事」である。児玉晶子が企画を決める判断の難しさを説明する箇所に、対象の本人発言がある。話者、掲載主体、掲載日、発言が置かれた文脈を直接確かめられる。
本人は幼少期の経験として、脚本や演出に携わる父親が観客と一緒に泣き笑いできる作品を作ろうとしていたことを挙げている。また、仕事を教わった先輩がどのような基準で決断していたかも記憶にあるという。判断をする際の基準が、長い経験の中で形作られてきたことが分かる。
取材時点のチームには八人が在籍し、それぞれ異なる視点や感性を持つと児玉は話す。だからこそ、いったん立ち止まって意見を聞くと述べた。その後に今回の「最終的に決断する」という言葉が続く。聞く姿勢と決断する責任は、一続きの発言として確認できる。
記事は音楽プロデューサーが舞台の企画を作り、出演者や作品の組み合わせなどを考える仕事にも触れている。よい演奏家を招くだけではなく、観客がどんな時間を過ごせるかにも関心を向けている。芸術的な理想と、実際に公演を成立させる条件を同時に考える仕事が背景にある。
ただし公開されたのは編集済みの取材記事であり、個々の公演の収支や観客の評価を独立に調査した資料ではない。児玉がどのような判断を大切にすると語ったかと、すべての判断が成功したかを分けることが原典に忠実な扱いとなる。
判断する人が一人で考えなくてもよい理由
責任ある仕事を任されると、自分一人で結論を出さなければならないと思う場合がある。しかし、判断の材料を多く集めることと、最後に責任を負うことは別の問題である。自分で決めることは、他人の意見を退けることではないのである。
若いメンバーの視点を聞くことには、単なる世代交代以上の意味がある。観客や演奏家が音楽へ何を求めるかは、時代や経験によって変わりうる。違う経験を持つ人が見つけた価値を、判断の材料にできるという利点がある。
一方で、声の大きい人の意見ばかりが採用されれば、意見を聞くという形だけが残ることもある。多様な考えを扱うには、それぞれ何を大切にしているのか理解する必要がある。全員に発言を求めることと、その内容を検討することを分けて考える視点が必要だ。
それでも、どの意見を採用しても全員が満足するとは限らない。企画には予算、日程、会場の制限などがあり、選ばなかった案も残る。すべてを採用できないことを認めたうえで、選択の理由を持つことが決断の一部となる。
なお、この言葉は強いリーダーが常に一人で決めればよいという普遍的な法則ではない。組織ごとに決裁制度や合意形成の方法は異なる。児玉が自分の職務をどのように引き受けているかという具体的な話として読む必要がある。
音楽を作るチームと日常の仕事
一つの公演が実現するまでには、舞台に立つ演奏家だけでなく企画、広報、運営など多くの人が関わる。仕事の違う人の考えを知ることで、完成した公演の見え方も変わるだろう。表に現れる成果と、成果を成立させる判断の積み重ねを区別することができる。
仕事で相談を受ける立場でも、相談した相手へ決定の負担を丸投げしてしまう場合がある。助言を受け取った後に、何を選ぶのか説明できるようにすることが重要になる。相談する自由と、自分の役割で引き受ける判断を両立する姿勢を考えたい。
同じ音楽の協働を扱った横溝耕一「アンサンブル全員の成功が、自分の成功」は、演奏者として全体の響きを優先する考えを主題にした。児玉の言葉は、舞台の企画を進める人が多くの意見を聞きつつ結論を出す責任を問う。演奏の協力と、企画の決断という異なる仕事を読み比べられる。
もっとも、人の意見を聞くための時間が長くなりすぎれば、決めるべき時機を逃すこともある。どこまで考え、いつ選ぶかも職務によって異なる。十分に聞くことと、必要なときに決めることの均衡を探る姿勢が大切だ。
児玉の一節は、決断する人が誰よりも正しいという自信の表明ではない。自分の基準が絶対ではないと理解しながら、それでも役割を果たそうとする言葉である。他者に耳を開く謙虚さと、引き受けるべき責任を共に持つことの意味を残している。