忘れられない一音を追求するという目標
チェリストの鳥羽咲音は、これから目指したい音楽家の姿として「人の心に残るような、忘れられない一音を追求していくことです」と語った。演奏する曲数や舞台の規模だけでなく、一つの音が人にどのように届くかを大切にしている言葉だ。長い演奏の中の一音にも表現する人の思いが込められると考えられる。
チェロは弦に弓を触れさせ、胴体を響かせて音を出す楽器である。同じ音の高さでも、音色や強さ、音が立ち上がる瞬間によって印象は変わる。決められた音符を弾くことと、その音をどう響かせるかを考えることは別の仕事だ。
鳥羽は演奏中に楽器から身体へ伝わる振動を感じ、自分が表現したいものが振動を通じて音として伝わる感覚についても話している。音楽を頭の中で構想するだけでなく、身体を通して確かめる表現として捉えている。
ただし忘れられない音がどんな音かを、本人以外が一つに決めることはできない。聴く人が育ってきた環境や、そのときの気持ちによっても響き方は変わる。演奏家の目標と聴衆の反応を区別し、全員が感動する保証として扱わないことが大切だ。
この一節は演奏家が完璧な音を一度出せば十分だという意味でもない。鳥羽は勉強を続け、前進し続ける音楽家でありたいと続けている。到達点を一つの音として描きながら、そこへ向かう学びを終わらせない姿勢が表れている。
原典|Bunkamuraの2025年7月24日付取材
出典はBunkamura公式が2025年7月24日に公開した「聴いたら忘れられない一音を追求したい/鳥羽咲音さんインタビュー」である。記事終盤に、どんな音楽家を目指したいかという質問に答える形で該当の一節が掲載されている。媒体、掲載日、本人、発言が行われた質問と逐語文言を確認できる。
記事では、鳥羽が六歳からチェロに取り組み、2022年からベルリンで学んでいる経緯が説明される。音楽家の両親のもとで育ち、オーケストラの中のチェロに惹かれたという。楽器と出会った背景と、現在の演奏目標を同一の出来事にまとめず、別の段階として捉える。
鳥羽は師事する教師の演奏への向き合い方や、過去に聴いたチェリストの表現に影響を受けた経験も語る。そこでは技術だけでなく、細部までアイデアのある演奏に関心を持っている。憧れを模倣だけで終わらせず、自分がどんな音を出せるか考えることへつながっている。
取材には、リッカルド・ムーティから「いつでも準備ができているように」という趣旨の言葉を受け取った経験も記されている。ただし今回の主題はムーティの言葉の出典検証ではなく、鳥羽自身の音楽観である。本人の直接発言と、第三者から聞いた言葉を混同しない。
この公式取材は音楽家の経験を編集して公開した資料であり、特定の演奏の音響測定や観客の反応を調査した報告ではない。発言の真正性と、忘れられない音を実際に生み出せたかという評価を区別することが正確な記事につながる。
身体で感じる音と、聴く人へ届く音
チェロを構えた奏者は、楽器が身体へ伝える振動を感じながら演奏する。一方、客席の人は空気を通して届く響きを聴いている。演奏する人の身体で起きている経験と、聴く人が感じ取る音楽は完全には一致しない。
その距離があるからこそ、奏者は自分の音だけでなく会場に届く響きや共演者の音へ耳を向ける必要がある。自分の内部で感じることと、外に伝えることを往復する作業が演奏の表現を豊かにする場合がある。
音楽には曲全体の構成や他の楽器との関係もある。一音にこだわることは、残りの曲を軽視することではない。一つの音がどんな前後関係の中で鳴るかを考えるからこそ、その音の意味が変わるともいえる。
しかし、必ずしも大きな音や変わった音が印象を残すわけではない。静かな響きや、自然なフレーズの中に記憶に残る瞬間があるかもしれない。目立ち方を競うのではなく、作品の中で必要な表現を選ぶことが重要だ。
演奏家には練習や準備が求められるが、理想の一音をすぐ再現できるとは限らない。毎回異なる状態や環境に向き合うことになる。完成した音を一度決めて終わるのではなく、聴き直し試し続ける姿勢が残る。
一つの表現を大切にする仕事の意味
文章や絵を作るときにも、一つの言葉や線が作品全体の印象を変える場合がある。すべてを同じ強さで主張するのではなく、何を最も伝えたいかを考えることがある。細部への注意を、全体の目的と結びつける姿勢が参考になる。
一方、細部にこだわることを理由に、いつまでも完成できない状態へ陥る場合もある。作品の期限や他人との約束も必要になる。自分の表現への関心と、現実に届けるための判断を両立させることが大切だ。
ヴァイオリンで自分の音を大切にする辻彩奈「自分が出す音にこだわりたい」は、演奏全体を支える音への判断基準を語る。一方で鳥羽は、心に残る一音という目標を示す。異なる楽器の奏者が、自分の響きをどう考えているかを比較できる。
音が心に残るかどうかには、受け取る人の自由もある。伝えたい気持ちが強くても、それを相手の義務にはできない。表現する側の努力と、受け取る側の感覚を同時に尊重することが必要だ。
鳥羽の一節には、高い評価を得ることだけではなく、聴く人の記憶に残る響きを目指す願いがある。一音を大切にしながら音楽家として学び続けるという姿勢を、本人取材の文脈から考えたい。