分解する前に、音の単位を決める
ソニーグループの長島千尋は、AIによる音源分離について「音色の分解能・最小単位をどう定義するかというところから考えなければならない」と説明した。音を分ける技術は、何を一つの音の要素として扱うのかという問いから始まる。結果だけでなく、課題の設定自体が重要なのだ。
ボーカルと楽器を分ける方法は想像しやすいが、一台のシンセサイザーから作られた複数の音色を分離するのは別の問題になる。同じ楽器から発せられた音でも、メロディや効果音など役割が異なる。音の発生源が一つだからといって、音楽の構成要素も一つとは限らない。
ここでいう「最小単位」は、どんな曲でも共通の一つの正解があるという意味ではない。何を取り出して創作に使いたいかによって、必要な粒度が変わる場合がある。分析する目的と、取り出せる音の細かさを対応させることが問題になる。
原典|ソニーの2026年11月2日付記事
原典はソニーグループ公式サイトの「進化を続けるソニーの音源分離技術による新たなクリエイションへの貢献」である。2026年11月2日に公開され、「新たなクリエイションへの貢献」の節に長島の発言が掲載されている。話者、公開日、記事名、発言の場所を直接特定できる。
長島はサウンドアーティストevala氏と研究メンバーが知識を持ち寄って議論を重ねたと述べている。その成果はオーストリアのArs Electronica Festival 2026で披露された作品「Holy Echo」に用いられたという。今回の言葉は実際の制作現場で起きた技術的な課題についての回想である。
公開されたのは企業による技術紹介記事であり、未編集のインタビュー録音や学術論文の全データを調べたわけではない。発言の逐語掲載を確認したことと、性能の独立比較が済んだことは異なる。本人が説明した開発課題と、第三者による技術評価は区別する必要がある。
シンセサイザーの音を分ける難しさ
ソニーの説明によれば、一般的な音源分離は歌声、ドラム、ベースなどを対象にすることが多い。今回は一台のアナログシンセサイザーで作られた音源から、さらに細かな音素材を取り出す。似た性質を持つ音をさらに分けるところに技術上の難しさがあるという。
記事では、メロディや音色などの楽譜情報を手掛かりにして、近い成分を抽出する方法が紹介される。研究者が取り出したいフレーズを具体的に指定することで、分ける方向が決まる。AIにすべてを任せるというより、人が目的を与えて解析を進める仕組みとして読める。
ただし、その説明だけからどんな録音でも完全に分離できると断定することはできない。もとの録音の条件や音色の近さによって難易度が変わる可能性がある。新しい表現を可能にする技術と、常に完全な結果を保証する技術は同じではない。
分析の単位を決めるという行為は、創作にも影響する。音色のどの部分を取り出せるかで、作り手が組み替えられる素材は変わるからだ。どこで音を分けるかという判断が、新しい音を生み出す選択肢に結び付くのである。
研究者と作り手の協働を読む
紹介された「Holy Echo」は、冨田勲が1974年に発表した『月の光』の音源を新しい表現へ結び付けた作品だ。evala氏が作品制作に当たって技術を用いたという。研究成果は、音の素材をどう聴かせたいかという芸術家の構想と出会っている。
研究者が考える分離の精度と、音楽家が使いたい素材の意味は必ずしも同じではない。両者の間で何を実現したいか話し合うことが、開発の方向を具体化する。目的を共有する対話も、技術を実際の制作へ接続する仕事の一部だ。
音を取り出せるようになっても、原作品の著作権や音源の利用権が自動的に消えるわけではない。過去の作品を新たに使う場合は権利と作り手への敬意を考慮しなければならない。技術的に可能なことと、公開・再利用してよいことを区別する。
長島は新しい表現の現場に立ち会い、クリエイターと研究者が共に開発する意義を感じたとも述べている。研究の指標だけでなく、作品にどんな可能性を開くかが問われる。使う場面まで考えて初めて、技術の価値を具体的に語れるのだろう。
音楽を理解する視点と、技術で捉える視点
音楽は複雑な響きのまとまりとして耳に届く。それを分解しようとすると、どの音に注目するか決めなければならない。複雑なものを扱うときには、解き方の前に、何を見ようとしているかが重要という読み方ができる。
同じ音楽領域の阪田知樹「演奏と作曲は切り離されたものではありません」は、作品を読み解くことと作り出すことの連続性を語る。長島の言葉は、それを技術的に捉える単位を問う。音楽家と研究者では、向き合う問いの入口が異なる。
また、落合幸治の研究室自動化に関する言葉では、ロボットを使うことが人間の負担を減らすとは限らない点を考えられる。技術を導入すること自体より、何を解決し、誰の行為を支えるかを考える必要がある。
この一節をあらゆる分野にそのまま当てはめるべきではないが、前提から問い直す姿勢は参考になる。何かを数えるにも、比較するにも、まず単位が必要だ。定義の難しさを隠さないことが、創作と研究の双方を支えると受け止めたい。