「死ぬときに自分に誇りをもっていたい」の意味
ソプラノ歌手の松本美和子は、音楽大学に入ったころの挫折を振り返り、「死ぬときに自分に誇りをもっていたい」と思ったと語った。輝かしい舞台を経た後の自信からではなく、最初の声楽レッスンで声が出なくなり、何も分からない自分に向き合ったときに生まれた決意である。他人の評価に先立ち、自分自身が納得できるように努力したいという願いがある。
松本は幼いころ身体が弱く、声も小さかったという。横隔膜を使うと言われても意味が分からず、身体が固まって発声できなかった。そこで一つのことを本気で学んだ経験があるか自問した。上達した自分をほめる言葉ではなく、上達するための出発点を作った言葉だと理解できる。
誇りを持つことは、誰かより有名になることと同じではない。自分がどんな問いに向き合い、どこまで学ぶと決めたかも関わってくる。ただし強い意志さえあればどんな困難も乗り越えられる、という安易な成功談にもしてはいけない。本人の意志と、指導者や機会などの条件を区別して読むことが重要である。
原典|2026年11月6日付ジャパン・アーツ取材
原典はジャパン・アーツの「松本美和子 60年を振り返る【前編】」で、2026年11月6日に公開された。取材・文は香原斗志。音楽大学に進んだ後の挫折と、18歳で自分を変えようと決心した出来事を語る段落に、対象の一節が掲載されている。話者、公開日、媒体、発言の前後関係が特定できる。
取材で松本は、イプセンの『人形の家』で主人公ノラが自我に目覚める場面に自分を重ねたと説明している。文学の登場人物に自分を映し、一つのことを徹底的に勉強しようと決めたのだ。作品中の台詞を松本のものとして転載するのではなく、文学から着想を得た本人の回想として扱う必要がある。
これは本人に対する編集済みのインタビューであり、当時の日記や録音ではない。18歳のときに内心でどう感じたかを、後年の松本が語っている資料として確認したものである。公式掲載の言葉を特定できることと、過去の心理を独立に証明できることは異なるため、回想であることを明示して読む。
声の仕組みを知りたいという好奇心
松本は厳しい先生から、学校を辞めた方がよいと言われた経験も語る。それでも歌手になるという肩書に固執するのではなく、声の仕組みを知りたいと伝え、週二回の指導を続けた。評価される前に、知りたいという気持ちが学びを支えていたことが分かる。
本人は、うまく声が出たときだけ先生から認められ、一音ずつ身体の感覚を覚えていったと説明した。声楽は文章で理解するだけでは身につかず、実際の感覚と練習も必要になる。頭で理解することと、できるようになることとの間を往復する学習の難しさが見えてくる。
ただし、松本が取材で説明した呼吸や発声の考え方を、そのまま全ての人に適用できる医療的な方法とみなさないようにしたい。身体や声の条件は一人ひとり違う。本人が経験した練習の意味を読み取ることと、個別の専門的指導を代替することを区別する必要がある。
『人形の家』のノラに重ねたこと
松本が自分を変えたいと思ったとき、思い出したのはイプセンの戯曲『人形の家』だった。主人公ノラの変化を自分に重ねることによって、これまでの自分を見つめ直したという。文学作品が、自分の人生について考えるための鏡になるという経験が語られている。
ただし松本の人生がノラの物語と同じだったという意味ではない。『人形の家』は結婚や社会との関係など、多様な文脈を持つ作品である。本人がどこに共感したかと、戯曲全体の解釈は異なることを意識すると誤読を避けられる。
物語から受け取るものは、読み手の状況によって変わる。松本は一人の登場人物から、自分も主体的に生きたいという問いを受け取った。読書は知識の蓄積だけではなく、自分を問い直すきっかけにもなり得ると考えられる。
長く学び続けることへつながる言葉
取材当時85歳を迎えていた松本は、今も発声の研究を続けていると述べた。若い頃の決意は、一度成功すれば終わるものではなかった。学ぶべきことが残っていると感じられる限り、長い経験の後にも新しい問いを持てるという姿勢がうかがえる。
三舩優子「自分がその曲をやりたいかどうかという気持ちを大事にしてほしい」は、音楽を学ぶ目的を自分で選ぶ重要性を語る。誰に評価されたいかではなく、自分がなぜ学びたいのかを確かめるという点で松本の言葉と通じる。
湯浅江美子「自分を高められるこの環境でずっと頑張りたい」は、日々の合奏で学び続ける環境へ焦点を当てる。自分に誇りを持ちたいという内側の問いと、成長できる場を見つけたいという外側の問いを比べられる。
松本の一節を「成功するまで休むな」という命令に変えてはならない。人には休息が必要で、取り組める条件も違う。そのうえで、自分の学びにどんな意味を持たせたいかは考えられる。人生の評価を他人だけに委ねず、自分で納得できる取り組みを選ぶという言葉として残る。